明日使えるムダ知識?メディチ家の紋章、意味と歴史秘話。

      2017/02/28

メディチ家の紋章

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フィレンツェは中世以降、自治都市として、大きな発展を遂げた街。

その発展の背景にはいくつかの裕福な家による、援助や振興政策がありました。

14世紀後半以降にフィレンツェに現れたメディチ家もそのひとつ。

彼らは町の政治的な改革や文化の保護などを積極的に行い、

その後400年近くに渡って街の中心的な存在であり続けました。

現在でも宮殿の外壁や、美術作品の中など、

フィレンツェの街にはいたるところにメディチ家の紋章を見ることができます



 

メディチ家の紋章ってこんなのです

stemma-dei-medici1

オーソドックスなものは背景が金色(黄色)に6つのボールがついているもの。

でも、これは当初からこういうデザインだったわけではないのです。

実はよく見ると、

フィレンツェとその周辺の街にはいくつかのパターンの紋章を見ることができます。

一番大きな違いは、ボールの数

3つから8つまで、さまざまです。

それから、よく見るとボールの色が違います。

全部赤のものもあれば、一部が青のものもあります。

そしてさらに、紋章の周りに+αでついている飾りも色々です。

紋章が表している意味は?

ここでクイズです!

さて、ここで問題です。\ででん♪

実はこの紋章、全て同じ時代に使われたものではなく、

時代ごとに違うものが使われていました。

 

では、一番古いのはどれで、一番新しいのはどれでしょう??

 

それではシンキングタイム!!

 

ゾウの はなこちゃん
はなこ、わかった!!ラッキーナンバーで作ったんでしょ!?
フィレンツェのマルゾッコさん
残念!不正解!
ゾウの はなこちゃん
うーん、…じゃあ、…家が栄えるごとにボールを増やしていったの?
フィレンツェのマルゾッコさん
…でもないんだ
ゾウの はなこちゃん
そもそもこのボールは何を表しているの?
これは実は、はっきりとはわかっていません。

いくつかの説があって、

  1. メディチ家の祖先が戦いの際に盾で受け止めた棍棒の跡
  2. メディチ家の祖先が医師または薬屋だったので、丸薬を表す
  3. メディチ家は、中世(13世紀頃)から大きな権力を持っていた両替商組合に所属したため

などが挙げられています。

ヒントはこちら

ボールが何を表しているか仮説3の「両替商組合」のシンボルはこちら。

13世紀中頃から栄えた「両替商組合」のシンボル

13世紀中頃から栄えた「両替商組合」のシンボル

 

メディチ家がフィレンツェで台頭してきたのは14世紀後半

それ以前から存在し、大きな権力を持っていた両替商組合のシンボルは

メディチ家の紋章よりもボールの数が断然多いですね。

メディチ家の家業は、銀行業。両替商組合とはとても深い関連があります。

 

解説のひと
ここから紋章を作ったかどうかはひとつの仮説ですが、メディチ家以前からあった組合の方が「数が多かった」これがヒントです

 

 

メディチ家の紋章はこう変化しました

それでは正解です!

一番古いもの

メディチの紋章⑥ボールが8つ

⑥ボールが8つ

 

最も古い紋章は、一番ボールの数が多い⑥の8つでした。

一説によると、もともと11あったとか。

なぜ、数を減らしたのかはわかっていませんが、

⑥8つは「老コジモ」(1389-1464)の時代のもの。

この紋章はサン・ロレンツォ教会の旧聖具室で見ることができます。

また、老コジモが融資を行い、その修道院関連施設を再築させた

サン・マルコ教会の中でも同じく彼の紋章を見ることができます。

サン・マルコ教会内部

サン・マルコ教会内部

 

しかし実は、一番少ない①3つも彼の時代です。

この頃は、まだ「家紋」というのが固定されておらず、

同じ人物であってもいくつかの種類を使っていたようです。

ボールの数が固定されるのは、老コジモのあとさらに70年以上過ぎた頃のことです。

 

それ以降の時代

メディチの紋章⑤ボールが7つ

⑤ボールが7つ

 

⑤7つは老コジモの息子「痛風病みのピエロ」(1416-1469)の時代、

②③④の6つはそれ以降の時代のもので、最終的には6つに落ち着きます。

ちなみにそれぞれ

ローマ教皇レオ10世(1475~1521)
アレッサンドロ・デ・メディチ(1510~1537)
コジモ1世(1519~1574)以降

が使用したものです。

メディチ家初の教皇

メディチの紋章②ボールが6つ+冠+鍵

②ボールが6つ+冠+鍵

 

この紋章を使用したレオ10世は、メディチ家出身で初めてローマ教皇に上りつめた人で、

ロレンツォ豪華王の次男です。

ジョヴァンニ・デ・メディチ/教皇レオ10世

ジョヴァンニ・デ・メディチ/教皇レオ10世

 

父ロレンツォから「賢い」と評された人物でしたが、生まれた時から裕福な家に育ち、

また美しい芸術品に目がない典型的なお坊ちゃま育ちだったもので、

勉強はできたんですが、お金の使い方は上手ではありませんでした。

フィレンツェのマルゾッコさん
平たく言うと、派手好きで無駄使いが多かったんだ

 

結果、ローマ教皇庁のお金を使い過ぎてしまい、悪名高い「免罪符」を発行することに。

これにより、宗教改革の波を呼び起こしてしまいます。

 

そして後世の人々から

歴史学者
レオ10世は先代と自分の代、そして次の代の3代分の教皇庁の財産を使い果たした

と揶揄されてしまいました。チーン

 

 

それはともかく、教皇に即位するにあたり自分のシンボルが必要なんですが、

この時使用したボール6つの紋章が、以降の一家の紋章として受け継がれることになりました。
ちなみにレオ10世の紋章の上についているはローマ教皇を表しますので、

別の家出身の教皇の場合はこの部分が同じで中の紋章だけが変わります。

解説のひと
「鍵」は「天国の門」の鍵。キリストの一番弟子であった聖ペテロ(=サン・ピエトロ)がキリストからその鍵を受け取り、キリスト教総本山であるサン・ピエトロ寺院(バチカン市国内)を創設。以降その首長がローマ教皇となるため、「鍵」は聖ペテロとローマ教皇の象徴なのです

 

色違いのボールの由来

実は、「痛風病みのピエロ」以降の②③④⑤は、ひとつだけ色違いのブルーが混ざっています。

blu-e-rossa

このブルーには百合の紋章がつけられています。

ゾウの はなこちゃん
フィレンツェ市のマークが百合だから?
フィレンツェ市のマーク

フィレンツェ市のマーク

 

解説のひと
いえいえ、実はこれはフランス王家の紋章から来ているんです
フランス王家の紋章

フランス王家ヴァロワの紋章

ゾウの はなこちゃん
フランス?なんで??

 

それはピエロがフィレンツェ大使としてフランス王ルイ11世に挨拶に行ったときのこと。

フランス王ルイ11世
余はそちが気に入った!特別に、我がフランス王家の百合の紋章を使うがよいぞ

 

と、王に非常に気に入られ、許可を得たのでそれを一族の紋章に取り入れたのです。
なかなかの外交手腕だったようですね!

 

その時のピエロさんの心境はこんな感じかな。

doya

『やったったでー(`・ω・´)』

トスカーナ大公の紋章

メディチの紋章④ボールが6つ+王冠

④ボールが6つ+王冠

 

④の王冠つきは、トスカーナ大公を示すもので、

コジモ1世以降使用されるようになりました。

トスカーナ大公とは1569年に成立したトスカーナ大公国を治める領主のことで、

いまのフィレンツェがあるトスカーナ州の前身となった領地です。

この大公国の初代大公として教皇ピウス5世に任命されたのがコジモ1世でした。

コジモ1世

コジモ1世

解説のひと
同じボールが6つの紋章でも、その周りのシンボルがヒントになって、大体の時代が判断できます

 

フィレンツェの街のあちらこちらで見かける紋章、

よく注意してみると色んなことがわかって面白いですよ。
街歩きの際はたくさん探してみてください!

 

それぞれどこにあるの?

今回ご紹介した紋章は、それぞれ次の場所にあります。

  • ①フィエーゾレ:フィエーゾレ大修道院
  • ②ドゥオモ広場
  • ③オンニッサンティ教会
  • ④サン・ミケーレ・エ・ガエターノ教会
  • ⑤メディチ・リッカルディ宮殿
  • ⑥サン・ロレンツォ教会旧聖具室

なお、①の3つは非常に珍しく、これは私は一度しか見たことがありません。

その他、フィレンツェで見かける美術作品の中にも多数、紋章は登場します!

是非一度、気をつけて見てみてください(=゚ω゚)ノ

 

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