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はじめまして。花の都フィレンツェで観光ガイドをしています。

サンタ・マリア・デル・フィオレー大聖堂のクーポラ フィリッポ・ブルネレスキ

当サイトをご訪問いただき、ありがとうございます。

 

イタリアは花の都フィレンツェで観光ガイドをしております、Azuと申します。

 

ブログでは、現地在住ならではのお役立ち情報面白情報イタリア旅行の豆知識などを発信していきたいと思っています。

 

どうぞよろしくお願いいたします!

 

それでは、以下、お時間のある方やちょっと興味があるから読んであげようかなという心優しい方は、是非じっくりお付き合いください♪

 

ブログを書いているのはどんな人?

フィレンツェ公認ガイドAzu

 

兵庫県出身(生まれは大阪府箕面市)の30代女性です。

 

父が転勤族のため、小学校4年生ぐらいまでほぼ1年ごとに引っ越しをしていました。なので、きょうだい3人は出生地が全員違います。

 

そのためか、本人もかなりの引っ越し魔になってしまい、これまでの人生で転居経験は約20回を数えるほど…

 

( ゚Д゚)ワォ!!我ながらビックリです。

 

職歴について:不動産会社での体験

引っ越し数が多いのは、不動産会社に勤めたからかも。

 

大学卒業後、初めて就職した会社は賃貸仲介専門の不動産会社で、今、振り返るとあまり労働環境はよくなかったです。

 

業界の体質か、とても体育会系の会社で、ろくに研修も受けないうちから

毎日一契約!
客にその気がなくても契約させろ!
自分の給料分も稼げないやつはやめてしまえ!

 

みたいな感じで。

 

私は幸い良い上司に恵まれ、直接的にこのような言われ方はありませんでしたが、さらにその上の上司がこういう風に責め立てているのを見たり。

 

また当時は定休日がなく、休みの日でも他の出勤している人から

同僚
お客さんから問い合わせで…

と電話があったりして全く休まることがなく

 

もちろん、サービス残業なんて当たり前。

 

嫌だ嫌だとずっと思いながら働いていたのですが、とあるキッカケをもって一気に退職手続きを済ませました。色々嫌がらせもされましたが。

 

何せ新卒で初めて就職したもので世間ってこんなもんなんだ、と長らく思っていました。

 

それなりの規模の会社だったので退職時の有給休暇は丸一か月消化することができ、その間に転職活動。

 

この時は、新卒採用時と違って景気がかなり上向いていたので、思っていた以上にたくさん求人があり、その中で一番福利厚生が良かった保険会社へ転職。

 

この時のカルチャーショックは忘れられません。

 

職歴について:保険会社での体験

夢のような職場

入社式、初期研修で東京本社へ呼ばれ、3日間の研修を受けました。

 

まずこの時点で、ホテルも全部手配していただき、さらに新幹線は指定席分の料金も出してくれるという(もしかしたら世間では当たり前なのかもしれませんが 😥 )手当の厚さに感動!!

 

さらに配属先の支社に行くと

優しい先輩
文房具類はここにあるからね

文房具を経費で買ってもらえることに感動!!笑 前職は自腹でしたから…

 

また支社では、さらに一か月かけて色んな研修(各種システムの使い方、自社商品の研修、営業研修など)でゆっくりと教えてもらい、さらにさらに先輩社員の営業先に同行させていただけるという、前職から考えると天と地ほどの差がある待遇に涙がちょちょ切れそうに。

 

もちろん職場の方はみんな優しくてお互いに気遣っていて、きちんと定時で帰らせてくれるし、歓送迎会の費用は支社経費から出してもらえる…!!という夢のような場所でした。

 

「代理店営業」の仕事を通じて出会った人たち

私の仕事は、「代理店営業」でした。

 

その保険会社は、基本的には直販社員を置かず、商品を代理店を通じて販売するというスタイル。

 

つまり、代理店さんとのグリップをいかに強くするか、というところが大事なのです。

 

代理店さんはうちの会社の商品だけではなく、複数社の商品を取り扱っているので、数多くの商品の中から自社商品のシェアをより高めてもらうよう営業する、というのが私のミッションでした。

 

知識や経験がないうちは、軽くあしらわれることも多かったのですが、この仕事の面白いところは本当に色々な人とお会いできること。

 

年間50万円に満たない人から、月だけで数百万円売り上げる人まで本当にピンキリなんです。

 

そしてやっぱり、成績上位の人たちって、本当に面白い

 

経験も豊かで、辛い、苦しい思いもたくさんしているからこそ、私たちのような保険会社の営業社員のことも大事にしてくれる。

 

中には

Aさん
俺たちが売ってやってるおかげで、保険会社なんて営業できてるんだ 

 

みたいな態度で上からの人もいましたが、それはそれである意味正しいんですよね。

 

そういう態度が正しいということではなく、確かにその人のいう通り、代理店さんが売ってくれなければうちの会社は成り立たないんです。

 

でも、そういう人よりも、実は私たちのことを大事にしてくれる人の方が、はるかに売り上げはいいんです。

 

それはやっぱり人柄とか、その人自身の知恵とか、そういう諸々が反映していて、お客さんはやっぱりそういうのを見抜いちゃうんですよね。

 

お客さん自体も、大企業を経営していらっしゃったり、自分自身が稼ぐ力を持っていらっしゃったり、人生経験が豊富で人を見る目もあります。

 

売り上げのいい人たちの考え方はこんな感じでした。

 

Bさん

保険会社がいい商品を提供してくれるから、自分たちはお客さんに安心して営業ることができる。

もし、そうでなければ自分たちは武器を持っていないも同然 

 

どちらも同じ代理店さんですが、こんな風に考えて接してくれる人の方にやっぱりいい情報を伝えようとか、もし難しい交渉事が必要な案件でも何とか成立させたい、そう思いますよね。

 

売り上げがいい人って、相手をそういう気持ちにさせることがとても上手なんですよね。

 

この会社で経験できたことって本当に数えきれないくらいあって、それは今でも私の中で色んなことを考えるときの一つの判断基準。

 

たくさんの人に接することができたことで、自分ではとても思いもよらない見ることのできない世界を見せていただいたり、とにかく色んな視野を持つための訓練をさせてもらったような気がします。

 

私がイタリアに移住したワケ

保険会社に在籍していた頃、一年のうちに必ず連続5営業日以上の長期休暇を取らないといけないという決まりがありました。

 

土日をいれると最低9連休です。

 

入社2年目の頃、高校時代の友人と一緒に旅行しようという話になり、たまたま行ってみたい先が二人とも、ローマとフィレンツェイタリアだったのです。

 

イタリア国旗

 

私はもともと凝り性なところがあるので、

Azu
イタリアに旅行に行くならイタリア語を喋れないと! 

と考え、それを習いに行くところから始めました。

 

その年の9月、初めてのヨーロッパ旅行に出かけました。

 

それは想像以上に素晴らしい旅でした。

 

いかにもヨーロッパな中世そのものの街並み、テレビで見たあの美しい景色が目の前に広がること、食事は何を食べても美味しく、出会うイタリア人はみんな親切でニコニコともてなしてくれ、大満足で帰途についたのです。

 

むしろ、帰りの飛行機の中で

Azu
日本に帰りたくない!(´・ω・`) 

とさえ思い、こんなことは初めてでした。

 

それまで行ったことのある海外は、アジアを中心にわずかな場所しかありませんでしたが、いつも旅の終盤には

Azu
あ~やっと帰れる!帰ったら美味しいもの食べよう!! 

って思ってたんです。

 

そう、どこの料理もいまいち口に合っていなかったんですね。

 

それがイタリアでは、何をどこで食べても美味しくて、もちろんワインも美味しくて、もっともっと居続けたいって思ったんです。

(ちなみに私、イタリア好きから始まった趣味でワインをこよなく愛しており、それも高まりすぎたあげくワインエキスパートという資格も取得しました)

 

日本に帰ってきてからもイタリア熱は高まるばかり。

 

当時通っていた大阪のイタリア語の語学学校の友達と、お気に入りのイタリアンに行って

イタリアいいよね~( *´艸`)

って話をしていたら、そこのフィレンツェ人のオーナーさんがたまたま私たちの隣にいたお客さんを紹介してくれたのです。

 

「この人たちもイタリアが大好きなんだよ」って。

 

実はこれもまた、結構な運命の出会いで、ここからどんどん芋づる式にイタリア好き仲間が増えていくんです。

 

こんなにも世の中にはイタリア好きな人がいるんだ~って、また知らない世界を知りました!!

 

そしてさらに私のイタリア好きは進化する一方。

 

翌々年には、長期休暇を利用してプチ留学をすることを思いつきます。

 

選んだ場所はフィレンツェ

 

それは初めて上陸した街で、

Azu
いつかこの宝石箱のような街に住みたい!!! 

と思ったからでした。

 

一週間、現地の語学学校に通いつつ、お昼過ぎまでの語学レッスンを終えると街を散策したり、お料理教室に参加したり。同じ学校の友達と、お出かけしたりもしました。

 

本当に楽しい思い出ができて、翌年からも同じくプチ留学だったり、知り合ったイタリアソムリエさんが主催するツアーに参加したり、と年に一回はイタリアに飛び続けます

 

いつも帰りには

Azu
やっぱり帰りたくないな~(´・ω・`)

って思いながら。

 

そして2013年。

 

東京在住のイタリア人女性が主催する、南部のプーリア州を巡るツアーに参加しました。

 

プーリア州は、かかとの辺り

プーリア州は、かかとの辺り

 

それまで訪れていたのはほとんど北部~中部の街が中心で、それとは全く違う風景、習慣、食べ物、人々、全てにまたもや感動します。

 

帰りの飛行機が関空に降り立った瞬間に感じたのが、

Azu
あれ、なんかココじゃない 

…そう、私がいるべき場所はここじゃない

 

これは今でも説明はできませんが、なんだか直感的に起こった感情でした。

 

これが2013年11月下旬のこと。

 

12月に入ってからもずっと「ここじゃない」感は消えません。

 

ついに思いいたってしまいました。

Azu
もう、住んじゃったらいいんじゃない? 

 

射手座の私、思いついたらそれを達成・実行しないと気がすみません。

 

そこからは移住することを調べ始め、どのタイミングで会社を退職するのがベストか、何を準備すべきか、全ては移住することを前提に動き出しました。

 

自分の中でベストだと判断したのは夏のボーナス後(7月)。

 

唯一気がかりだったのは、職場のこと。とても雰囲気がよく、居心地のいい職場だったんです。

 

気にしていたのは異動のこと。保険会社は、年度末の3月はいつもかなりの人数が異動します。

 

当時の私の直属の上司(課長)は、その支社に来て丸3年、とても仕事のできる人だったので、恐らく昇進で異動するだろうと言われていました。

 

この課長が異動するのはほぼ間違いない。

 

では次の課長は?

 

その時のチームのNo.2が昇進で課長になるならいいけど、もしよそから来た人だったら。

 

その人が来るやいなや在籍の長い私が退職を申し出ると、その人に何か問題があったのでは?と、事情を知らない人から憶測が飛ぶかもしれない。

 

だけど、私はやっぱりツイていました!(*´▽`*)

 

心の中での願い通り、No.2が昇進で課長になったのです!

 

これなら、長く一緒のチームで仕事してきたので今更その人のことが嫌で辞めたとは誰も思わないでしょう。

 

本当は彼にもものすごくお世話になったし、もっと恩返ししてからにしたかったけど、それではいつ自分の思う人生が歩めるかわからない。

 

今しかない、と思いました。

 

夏のボーナスの支給日、私は新課長に退職の意志を申し出ました。

 

そして、8月のお盆休み前まで出社し、ビザ申請や出国準備など、たくさんの事務的な手続きを済ませ、いよいよ9月28日の関空発の飛行機で、日本を後にしたのです。

 

イタリアで実際に生活してみて

イタリアに来て最初の一年間

最初は半年間、フィレンツェの語学学校で学び、それから行きたかったプーリアへ。

 

1か月半ほどを南のレッチェという街で過ごしてから、東のアドリア海側を一週間かけて旅をしつつ、フィレンツェへ戻ってきました。

 

プーリア州って景色や食べ物、人もすごくいいんですよ。

 

穏やかな田舎で、とても過ごしやすいところで、いわゆるイメージ通りの「イタリアの田舎」って感じではないでしょうか。

 

ただ、のんびりしすぎるあまりに仕事がないのも事実。

 

働くにはやっぱりフィレンツェやミラノ、ローマなど都会の方が仕事が見つかりやすいのです。

 

日本と同じですね。

 

それで初夏にフィレンツェに戻ってきました。

 

仕事をしなくては!

この時点でイタリアに来て1年足らず。
イタリア人の言っていることはわかるけど、コミュニケーションするには私のイタリア語はややたどたどしく、仕事ができるかどうかはとても不安

 

とりあえず、日本語の掲示板サイトなどで求人情報を見つけ、いくつかの仕事をしてみました。

 

  • お土産物屋さんの店員さん
  • レストランのウエイトレス
  • ベビーシッター

 

などなど。だけど、店員さんやウエイトレスは私には向いてない、と思ったんです。

 

もともと私は、営業職という仕事をしていたわりに、人に物を売るということがとても苦手でした。

 

正直、売上ランキングとか、興味ない。

 

誰かがたくさん売ったとか言われても「ふ~ん」って思うだけで、自分が売れなかったとしても気にならない。

 

もっと売りたい!!負けたくない!!みたいな気持ちが薄すぎるんですよね。

 

それよりも、保険会社時代の代理店営業のように、人に何かを教えたり(研修や教育など)、情報を伝えることによって相手が喜んでくれる、そういう仕事の方が楽しいと感じるのです。

 

その点、ベビーシッターはとても楽しかったです。

 

相手は2歳の女の子、イタリア人と日本人のハーフです。

 

私の役割はわずか3時間ですが、一緒に遊ぶのと、なるべく日本語で話しかけ、日本語を教えること。

 

実は意外なんですが、ハーフだからといって勝手に二か国語喋れるようになるものではないんだそうです。

 

ほっておくと、どちらか一方の言語、特に住んでいる国の言語しか話さなくなり、もう一方の言語は聞いたら理解はできるけど、自分でその言語を話すことはできないんだとか。

 

だからそのお母さんは、きちんともう一つの母国語である日本語も自分で話せるようにしてあげたいから、ということで日本人のベビーシッターを募集していたのでした。

 

2歳ってほんとに元気があり余っていてなかなか体力的にはハードでしたが、片言で話す様子はとても可愛かったし、楽しい仕事でした。

 

でもこれだけで生きていけるほど世の中は甘くありません

 

この仕事はせいぜい週に1~2回だし、それすらもちびっ子の体調次第でキャンセルになることだってあります。

 

考えた末、メインの仕事となるよう、観光ガイドの資格を取ることにしました。

 

もともと、美術館や教会に行ったり、観光地を巡ったりすることや、写真を撮ることがすごく好きだったし、自分も旅行したときに、ガイドさんにただ見ただけじゃ気づかないような豆知識や情報を聞くことがとても楽しかったからです!

 

フィレンツェで観光ガイド資格!!

イタリアの観光ガイド資格

資格なしでガイドをしているイタリア在住日本人はたくさんいると思いますが、でもこれは実は法令違反です。

 

万一、無資格でガイドの仕事をしていることが発覚したら、罰金が1,000ユーロ(約12~15万円)以上取られるのみならず、在住資格を申請して住んでいる私たち外国人にとって、法令違反というのは滞在許可証の更新に際し致命的になることがありえます

 

そんなわけで、観光ガイドの資格を取るために、専門学校に行くことにしました。

 

ガイドの資格、日本のイメージだとそんなに難しくなさそうですよね。

 

私もやってみるまでこれほどとは思いませんでしたが…笑

 

イタリアの観光ガイドって、専門職の扱いなんです。

  • 考古学、言語学、外国語文学、建築学etc.を専門的に学ぶ学部を卒業した人
  • 専門学校で所定の授業を800時間終えた人

それで最終試験(筆記、面接)にパスしなければ、資格はもらえません。

 

800時間って…想像できますか?

 

一日5時間の授業を受けるとして160日、休みの日を除くと大体8か月ほど通学が必要です。

 

800時間の専門コース

私はまったく美術や歴史関連の分野の専門ではなく、卒業した学部は「総合科学部総合科学科」という、何やってんだソコみたいな学部。

 

しかも専攻は「文化人類学」という、これまたなんだソレみたいなジャンルでした。
(面白いんですけどね…知られなさ過ぎていつも説明に苦労します)

 

つまり、もともとイタリアの美術や歴史に関しては素人です。

 

そんな私が、深―い深―いフィレンツェ2000年(エトルリア人も入れると約3000年)の歴史と、世の中に星の数ほどある美術品(フィレンツェだけでなく、西洋美術史も)と芸術家や政治に登場する重要人物などいったいどれだけいるんだという人数とフィレンツェ県に含まれる小さな村や街について勉強する、というとてつもなく無謀なチャレンジに乗り出したわけです。

 

法律や会計学やコミュニケーション学とか、他になんで入ってるんだろう?みたいな必須科目もありました。

 

コースに入った時の私は、イタリアに来てようやく1年が経過するころ。相手が話をきちんと聞いてくれたりゆっくり喋ってくれる人なら落ち着いて話ができるけど、早口でバンバン質問を投げてくる相手だとテンパってしまって…、みたいな状態でした。

 

それでもコースの前半の時期は座学が中心だったので、ほぼ聞いているだけだったのでまだよかったのです。

 

コースが半分に差し掛かるころ、stage(スタージュ)といって、いわば実践の授業が増えてきたのです。

 

クラスメイトや先生の前で、まるでお客さまに説明するかのように、ある美術品や芸術家について、解説する。そういう課題をこなさなければならなくなりました。

 

この時期はほんと辛くて、泣きましたねー。

 

そうは言っても、今更やめるわけにはいかない。なんとかして乗り越えなければ。

 

でも、言葉なんてそんな簡単に喋れるようになりません。

 

最大の難関、イタリア語をレベルアップするために

私が考え、実行した方法。

 

課題の5分間で話す内容の原稿を作り、丸暗記する

 

5分間って結構長いんですよ…。(ノД`)・゜・。A4用紙一枚分ぐらい。

 

日本語でもまぁまぁ長いんですが、概ねの内容を頭に入れていれば、母国語なら適当にアレンジしながら話すことができます。

 

でも、私の頼りないイタリア語レベルだとそうはいきません。

 

単語もその時初めて調べたものだってたくさんあって、そういうモノも含めての丸暗記だからどの単語を飛ばしたら意味が通じなくなるかまで考えている余裕がないんです。

 

しかも、内容の下調べにもそこそこ時間がかかります。

 

ミケランジェロとかラファエロみたいに、日本でもよく知られていて日本語のサイトもヒットするようなものだったらまだいいんですが、ポッライオーロとか、誰それ?( ゚Д゚)みたいな芸術家になるとイタリア語で調べるしかなく、ようやく内容を理解して、それから原稿を作って丸暗記する…

 

暗記するのもやっぱりそれなりに時間がかかるので、膨大な時間を消費しました。

 

でも、この経験のおかげで一気にイタリア語はレベルアップしました!口に出すことってほんとに大事。習うより慣れろ、ですね。

 

クラスメイトはみんな優しくて(イタリア人も他の国の人も)、本当に色んな人に助けてもらったなーって思います。

 

コース開始から9か月後…いよいよ最終試験!!

最終試験の1か月前にはリハーサルというか、筆記も面接も模擬試験のようなものを学校でやってくれました。

 

これがあったおかげで、本番はずいぶん落ち着いてできたと思います。

 

また、試験官はとても優しい、穏やかな若い女性で、面接のときもニコニコとお話ししてくれて、落ち着いて受けることができました。

 

そんなラッキーと、もちろんクラスメイト各自の努力とお互いの協力もあって、無事クラス全員でパスすることができました!

 

試験が終わってからは、それぞれの仕事が忙しかったりで、なかなか会う機会が減りましたが、時々何人かで一緒に勉強がてら、色んな美術館とか宮殿に行って、お互いに説明する練習をしていたりします。

 

これが結構意外と色んな発見があって、自分でお客様へお話しすることと、別の人が説明する部分って違うんですよね。

 

もちろん、それぞれの国の常識が違うので着眼点が違うというのも理由のひとつではありますが。

 

それでも、例えばミケランジェロに関するエピソードひとつとっても、

「あ、そういえばそんなのあったね~」

みたいな、忘れてしまっているようなこともお互いあって、人の話を聞くって大事だなぁって思います。

 

結びのご挨拶

こんな感じで、非常に長いご挨拶、兼、自己紹介となってしまいましたが、私という人物や、ガイドの仕事、イタリアの生活など、色んな事について少しでもご興味を感じてもらえることがあったなら、とても幸せです!(*´ω`*)

 

まだまだ、勉強しないといけないことも多いですが、大好きなイタリアという国や、本当に宝石箱のようなフィレンツェという美しい街、そこに暮らす楽しいイタリア人含め色んな人々のお話をお伝えしていきたいと思います。もともと素人だったからこそ、着目するべきポイントや驚きを感じるところ、知って面白いところをお話しすることが得意です。

 

サイトやブログを見て、イタリアに行ってみたいな、って思われたなら、ぜひご連絡ください。

 

日本にいたら思いもしないような、そんなことが世界にはあるのか!みたいな経験をたくさんしていただけるよう、そしてそれぞれのご旅行が最高のものになるよう、自信をもってプロデュースさせていただきます♪

 

それでは、ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました!!

 

10 Comments

Akemi Hamada

はじめまして。
楽しくブログ(特に自己紹介^^)読ませていただきました。
私は東京の美術館でボランティアで美術トークをしています。今回ティントレットの作品解説のため色々調べているうち、こちらのブログにたどり着きました。
実は私の娘の名前がAzusaといい、しかも保険会社に勤めているので何だかAzuさんに親近感を感じてしまいました。一人でイタリアに移住し、ガイドの資格まで取られたとのこと。素晴らしいですね。
若いころローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアなどイタリアを訪れたことはありますが、これから先は行けるかどうかはわかりません。もし行くことがあったら是非ガイドをお願いしたいと思います。これからも日々研鑽を続けて頑張ってください。

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Azu

Akemi Hamadaさま
はじめまして、こんにちは!
ご丁寧に感想をいただきまして、ありがとうございます。とても嬉しかったです!
娘さん、すごい偶然の一致ですね(^^)私もAzusaと言います。そんなに多い名前ではないので、私もとても親近感を感じました。
優しいお言葉ありがとうございました。いつかAkemiさまをご案内できる日が来ることを楽しみに、それまで日々精進いたします!
そして、美術館トークのボランティア、素敵ですね。Akemiさまのおかげで美術が好きな方が増えますよう、楽しんでいただけますよう、願っています。

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藤田伊織

Azuさま
フィレンツェは、私の第2の故郷です。今、辻邦生さんの「春の戴冠」(サンドロ・ボッティチェリの生涯)の英訳を進めております。あわせて、ジュリア・カートライトの100年ちょっと前に書かれた「サンドロの生涯」の和訳をしています。そこで、「東方三博士の礼拝」の解説の章があって、訳すのは大変でしたが、とても面白い内容で、勉強になりまた楽しむことができました。で、Azuさんのこのブログにも導かれました。
そこで、「ボッティチェリのこの作品(東方三博士の礼拝)では、あばら家のような小屋は描かれているものの、牛や馬は見当たりません。」とお書きになっていますが、実は、馬は一番左端にジュリアーノあるいはロレンツオと言われる人物の後ろに白馬が首だけ出しているのです。その後ろにも、茶色の動物がちらと見えますが、これはなんだかわかりませんが、牛かも知れません。ボッティチェリは大胆な構図と新しく素晴らしい描写をここで、示していますが、この主題の伝統を踏襲していると言われております。
Azuさんのように私もフレンツェに住みたい。以前行った時は3泊だけでした。でも、もうその願いを叶えることはできません。でも、第2の故郷として遠くの日本から夢の中で、遊びに行っています。特に「春の戴冠」の世界に半分生きています。先日、Da Vinci’s DemonsというイギリスのTVドラマをちょっと見ましたが、その中にでてくる、ロレンツォ・デ・メディチやジュリアーノが私の想像とかなり違っていて、違和感を感じました。レアリオ伯がいい男だと
評判のようでした。でも、15世紀のフレンツェの景色を作ってくれただけでも感謝しています。
「春の戴冠」を英訳していると書きましたが、今2割ぐらいの進捗率です。イタリア語にするのは不可能なので、イタリアの人には読んでいただけないかも知れませんが、英語になれば、イタリア語に訳してくれる人もいるだろうと思っています。Azuさんの楽しいイタリア生活を願っています。

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Azu

藤田さま
はじめまして、コメントをいただきありがとうございます。
ボッティチェリは人気があって研究者もたくさんいますので、色々な著作が出ていて面白いですよね。英訳・和訳とも大変だと思いますが、取り組まれていらっしゃることに頭が下がります。納得のいく、素晴らしい仕上がりになることをお祈りしております。
さて、私の書きました内容が言葉足らずで申し訳ございません。この作品の左下に馬が描かれていることは認識しておりましたが、「牛や馬がいない」と書いたのは、そこが家畜小屋であることを示すための存在として描かれていない、という意図でございました。例えばご紹介したフィリッピーノ・リッピの作品では聖家族の左側に小屋の住人のような馬?と牛が描かれています。ボッティチェリの、このジュリアーノ(?)の横に描かれている馬は、東方の博士たちの一行に通常含まれるもので、彼らが到着する前からそこにいたものではないと考え、それでこのような表現をいたしました。ただ、これは私の解釈ですので、そうではないというご意見も当然あることと思います。
フィレンツェは日本から距離がありますし、現実にはそう簡単に行き来したりは難しいですよね。夢の中、物語の世界で訪れるというのはとても素敵なことだと思います。
最後に、優しいお言葉をありがとうございました。ここで素晴らしい作品を鑑賞し身近に感じられることに感謝しつつ生活していきたいと思います。

返信する
藤田伊織

Azuさま
厩というのだから、確かに元から馬や牛がいるようです。他の「東方三博士の礼拝」でも、結構ど真ん中に牛や馬がいます。ボッティチェリは何で端っこにそれも、ジュリアーノが乗る馬のようなものを描いたのだろうか。これも、新たな謎になるかもしれません。本当に面白いです。
私の息子が5歳くらいの時、ドウオモのてっぺんまで一緒に登ったのがいい思い出です。
それから、私が見た「ヴィーナスの誕生」は、修復後の明るい、生き生きしたものだったのも幸運です。それで、あまりに好きなものだから、ヴィーナスのいないヴィーナスの誕生を作って見ました。
イタリアのみなさんには怒られるかもしれないですが、紹介いただければ幸いです。

返信する
Azu

藤田さま
こんにちは。返信が大変遅くなりまして申し訳ございません。
なぜかスパムコメントとして扱われていて、気づくのが遅れました。
YouTube拝見しました。まさしく「ヴィーナスの誕生」ですね。
イタリア人もわりと気軽にアートをコラージュして遊んでいたりするくらいなので、怒らないと思いますよ。笑
理解されない不遇の時代があったボッティチェリの作品ですが、数百年を経てこんな熱烈に応援してくださる方がいらっしゃること、作者本人もきっと喜んでいるでしょうね!(私個人のイメージですが、彼はなんとなく寂しがり屋な気がするので…)
5歳でドゥオモのてっぺんとは、かなりすごいですね。大人でも大変なのに…
でもきっと、息子さんご本人にもいい思い出になったことと思います。

返信する
Azu

藤田さま

ご丁寧にありがとうございました。
拝見させていただきます。

manaka

初めまして!
ブログ拝見させていただきましたm(*_ _)m

私は今高校生で、将来の夢ややりたいことについて日々考える毎日です、、、
小さい頃から外国が大好きで英語教室にずっと通っていて昨年の夏にはカナダにホームステイに行きました。
そこで日本と外国の文化や生活の違いを体験してとても楽しかったので、前から興味のあっイタリアの生活などにすごく惹かれています。
私は元々、絵を見たり美術館に行ったりするのが割と好きだったりヨーロッパ史の勉強も好きで、一度でいいからイタリアに住んでみたいと思っています。
Azu様はガイドのお仕事をなさっているようなのですが実際、そのお仕事でイタリアで生活していくのはとても大変ですか、、?
イタリアで生活したいと思っている私に何かもしアドバイスや、やっておいた方がいいことなどがあれば教えていただきたいです..(_ _)

返信する
Azu

manakaさま

はじめまして、こんにちは!ブログをご覧いただき、またコメントありがとうございます。
高校生でいらっしゃったらまだ可能性がありすぎて、逆に迷ってしまいますよね。でも、羨ましいです!(*´ω`*)小さい頃から外国が大好きで…というところが、私と同じで勝手に親近感を覚えてしまいました。笑
さて、イタリアに住む、ということについてですが、色々な意見がありますのでこれはあくまでも私個人の意見としてお聞きくださいね。
私は幸い、好きなことをお仕事にさせていただいて生活もできていますが、どんなお仕事であれ外国の生活というのは多かれ少なかれ大変なことがあります。
manakaさまがお考えの「イタリアに住む」=イタリアでの生活を経験したい、という感じでしたら、観光ビザでも最大3か月は滞在できますので短期で住んでみるといい経験になると思います。もしかしたら、こんな国にはやっぱり住みたくない!となってしまうかも…笑 日本と比べてやはり不便な面は多いです。
もし、長く住んで、こちらで仕事も見つけて…という風にお考えでしたら、それはあまり簡単なことではありません。どこの国でもそうですが、自国の人を差し置いて外国人が就ける仕事というのは限られてしまうことが多いからです。

そういう諸々も踏まえて、私なりのアドバイスはこんな感じになります。
manakaさまがもし、特殊な技能が必要な世界(オペラ歌手、靴職人、貴金属職人、絵画修復士、…などなど)を目指されるのなら、なるべく若いうちにイタリアで経験を積まれるべきだと思います。でもそういう目標がまだ定まっていない段階でしたら、日本でたくさんのご経験をなさってから、じっくりお考えになった方がいいと思います。
その上でやっておいた方がいいことは、
・イタリア語:こちらに来てから勉強するのは時間のロスにもなります。
・家事を一通りこなせるようになっておくこと(もう既に身につけていらっしゃったらすみません!)。
・日本の文化や歴史をしっかり知っておくこと:聞かれたときに答えられないと恥ずかしいですし、茶道・着付け・書道など日本の伝統文化をご存知でしたらそこからお仕事につながる可能性もあります。

と、色々と書いてしまったんですが、せっかく美術やヨーロッパ史にご興味をお持ちなので、是非いつかその夢をかなえていただきたいと思っています!もし、他にご質問などありましたら、お問い合わせの方から個別メールをいただければ、答えられる範囲で出来る限り回答させていただきます。
素敵な将来を思い描いて、それに向かって進んでくださいね!応援しています♪

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