フィレンツェのシンボル、花の聖母大聖堂(ドゥオモ)の観光ポイント徹底ガイド!

      2017/06/06

ドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)

街で一番大事な教会「ドゥオモ」。

 

他のどの街にも負けない フィレンツェのドゥオモは、本当の名前がサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、「花の聖母大聖堂」。

 

1296年の建築当初からフィレンツェの人々に愛されてきた街のシンボルの、魅力たっぷりの見どころ・観光ポイントを徹底ガイドします!



「ドゥオモ」が意味するもの

旅好き女子ナナミちゃん
そもそも。「ドゥオモ」って??

 

ドゥオモ」とは、ラテン語の「domus<ドムス>」(=「家」)から派生した言葉で、神とその民の家、つまり街で一番大事な教会のことをいいます。

 

だから、それぞれの街にはそれぞれの個性豊かなドゥオモがあります。

 

 

フィレンツェのドゥオモ「花の聖母大聖堂」

フィレンツェのドゥオモは、本当の名前がサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、「花の聖母大聖堂」という意味です。

 

この壮大な名前に負けないくらい、フィレンツェのドゥオモは初めて見ても、何度目に見ても、壮麗で圧倒的な存在感を誇っています。

 

中世のイタリアでは常に近隣の諸都市が競いあっていましたから、フィレンツェ人は

 

フィレンツェ人代表 ダンテ・アリギエーリさん

世界中のどこよりも

大きく、立派で、いちばん美しいもの

を建てたい!!

 

と考え、多くの芸術家たちが内外から招集されました。(ちなみに、現在の大きさは世界の教会で第5位です)

 

特に、同じトスカーナでこの二つの町には負けられない!!という強いライバル意識を燃やしたのが、こちら。

 

 

フィレンツェのドゥオモ、現在の姿は1296年から建設が開始され、実に完成まで約150年もの月日を要しました。

 

最終的に現在のファサード(正面部分)が完成したのは1887年のことですから、そこも含めると600年近くかかったことになります。

 

ドゥオモはその昔からそれだけ一生懸命作ったものでフィレンツェ人たちの誇りでしたから、またその古さと壮大さゆえにお掃除も時間がかかります。

 

この間ここをやっていたと思ったら今度はその隣、そして次にさらに隣、…とやっているうちに最初の部分が汚れてきて(笑)、…と繰り返しているので、いつでも現在でもどこかしらの部分は常に修復や掃除が必要です。

 

フィレンツェのドゥオモの見どころ

外観と周辺施設・広場

ファサード

1296年のアルノルフォ・ディ・カンビオ設計当初から紆余曲折を経て、1887年にエミリオ・デ・ファブリスの設計により完成しました。トスカーナ産のピンクの大理石を配したネオゴシック様式です。先に完成していた南隣の鐘楼を模してデザインされました。

 

▶詳しい解説記事はこちら!

フィレンツェのドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)のファサード

フィレンツェのドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)のファサード

 

ジョットの鐘楼

絵画界に革新をもたらした稀代の芸術家、ジョットにより設計されました。残念ながら巨匠は完成を見ることなく世を去りましたが、4面共に工夫の凝らされたパネルや彫刻が施され、その意義と景観は見事なものです。ちなみに鐘は現役です。

 

▶詳しい解説記事はこちら!

ジョットの鐘楼 1334-1359 ドゥオモ広場, フィレンツェ

ジョットの鐘楼
1334-1359
ドゥオモ広場, フィレンツェ

ブルネレスキのクーポラ

ドゥオモの着工から数えること123年後、コンクールを勝ち抜いたフィリッポ・ブルネレッスキにより設計されました。八角形のサン・ジョヴァンニ洗礼堂とローマで視察したパンテオンを参考に、当時の技術では不可能と考えられていた巨大なクーポラを完成させます。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラ

ドゥオモのクーポラ
1436年完成 フィリッポ・ブルネレスキ

アーモンドの扉

クーポラへの入り口となっている「アーモンドの扉」はドゥオモ側面にある4つの扉のうち最も華麗で、装飾が素晴らしいと称えられています。この装飾には当時人気のあった彫刻家ドナテッロ、ナンニ・ディ・バンコも参加しています。
アーモンドの扉

アーモンドの扉

サン・ジョヴァンニ洗礼堂

ファサードの正面には、サン・ジョヴァンニ洗礼堂があります。

 

こちらもミケランジェロが「天国の門」とたたえたギベルティの作品(レプリカ、オリジナルはドゥオモ付属博物館所蔵)や、ブルネレスキとギベルティの因縁の対決にまつわるエピソードの残る北扉内部のモザイクなど必見ポイントがたくさんです。

サン・ジョヴァンニ洗礼堂

サン・ジョヴァンニ洗礼堂

 

 

ドゥオモ広場

ドゥオモの南側にある建物の一角に、現在のドゥオモの設計の原型を担当したアルノルフォ・ディ・カンビオとクーポラの設計者ブルネレスキの像(どちらもルイージ・パンパローニ作、1830年)が、それぞれが自分の作品を見つめるような角度に配置されています。
ドゥオモの向かい側から、それぞれ自分の作品を見つめるアルノルフォ・ディ・カンビオ(左)とフィリッポ・ブルネレスキ(右)

ドゥオモの向かい側から、それぞれ自分の作品を見つめるアルノルフォ・ディ・カンビオ(左)とフィリッポ・ブルネレスキ(右)

 

ドゥオモ付属博物館

ドゥオモ広場東側にある博物館で、ドゥオモ・洗礼堂・ジョットの鐘楼にかつて置かれていた美術作品や、現在レプリカが置かれているもののオリジナルが多く保存されています。かつてのファサードを再現した間や、鐘楼を飾る多くのパネルが間近で見られるのはなかなか興味深いです。ミケランジェロの未完のピエタドナテッロのマグダラのマリアなどが展示されています。
ミケランジェロの未完の「ピエタ」

ミケランジェロの未完の「ピエタ」

 

ドゥオモ内部

ジョン・ホークウッドとニッコロ・ダ・トレンティーノの騎馬像(フレスコ画)

遠近法マニア、パオロ・ウッチェッロによる「ジョン・ホークウッド」とそれを参照して描かれたアンドレア・デル・カスターニョによる「ニッコロ・ダ・トレンティーノ」のフレスコ騎馬像があります。特にパオロ・ウッチェッロの作品は鑑賞点を2か所に設定した複雑な遠近法で、現実世界と対象を理想化する美化の世界を融合させた結果です。
パオロ・ウッチェッロ作「ジョン・ホークウッド」

パオロ・ウッチェッロ作「ジョン・ホークウッド」

ダンテと神曲

祭壇寄りには、フィレンツェが誇る詩人ダンテがその作品「神曲」を掲げ持ち、その世界観とフィレンツェの街が表されたドメニコ・ディ・ミケリーノの作品があります。
ドメニコ・ディ・ミケリーノ「ダンテと神曲」

ドメニコ・ディ・ミケリーノ「ダンテと神曲」

クーポラ内部のフレスコ画

メディチ家のコジモ1世の命によりヴァザーリが描き始め、フェデリコ・ズッカリが完成させた壮大なフレスコ画「最後の審判」が描かれています。相当な数の人物、聖人、天使が描かれていますが、よく見るとメディチ家の人物の肖像画になっていたりします。
クーポラ内部「最後の審判」

クーポラ内部「最後の審判」

主祭壇

十字が交差する中心部分に八角形の内陣が設置されています。

 

サンタ・レパラータ教会

現在のドゥオモ、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂になる前に街の大聖堂だった、サンタ・レパラータ教会の遺構が残っています。古く400年代(恐らく)に建てられたものなので、大半の床にローマ時代のモザイク装飾の床が見えます。またこの時代の教会の多くは3階建て(メイン階と面積が半分~1/3ほどの上位階、地下墓所)なので、その名残の階段が部分的に残っています。聖女レパラータの聖遺物が主祭壇の左側に置かれています。

地下にはブルネレスキの眠るお墓があり、お土産物コーナーの一角から見ることができます。

 

ドゥオモ見学時の注意点

  • 大聖堂を含む教会関連施設は神聖な場所のため、露出の多い服装はNGです。夏場、ノースリーブ・ショートパンツなどの場合、入場を断られることがありますので、さっと羽織れるショールなどをご準備ください。
  • 大聖堂は入場無料ですが、専用入り口の列に並ぶ必要があります。
  • クーポラ・ジョットの鐘楼・サン・ジョヴァンニ洗礼堂・サンタ・レパラータ教会(地下)・ドゥオモ付属博物館は48時間以内に各施設1度ずつ、共通入場券15ユーロで入場することができます。
  • クーポラに上る際は予約必須です。また往復とも463段の階段のみ、エレベーターなしのため、歩きやすい服装をご準備ください。クーポラ公式サイト:Il GRANDE MUSEO DEL DUOMO FLORENCE
  • ジョットの鐘楼は予約は必須ではありませんが、推奨です。特にクーポラの予約必須となって以降はこちらの方が行列ができているのを見かけます。往復とも414段の階段のみで、エレベーターはありません。
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この記事を書いた人
フィレンツェ在住の公認観光ガイド、Azuです。
得意ジャンルは美術、街歩き、ワイン。好きな芸術家は、ブロンズィーノ。有名作品もいいけど、隠れ注目ポイントや裏話が大好き!普通のガイドブックじゃ見つからない、”ここだけの話“をお伝えします♪ 詳しいプロフィールはこちら
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