すべての聖人を祝う「諸聖人の祝日」とイタリア式お墓参り。

      2017/03/18

11月1日はイタリアでは祝日です。

 

カトリックには聖母マリア洗礼者ヨハネをはじめ、多くの聖人が定められています。今日はこのすべての聖人を祝う「諸聖人の祝日」、そして次の日は日本で言うところのお盆にあたる、お墓参りの日です。

 

そして実は前日の10月31日、日本でもコスプレ大会と化しているハロウィンのお祭りは、もともとはこの諸聖人の祝日の前夜(イヴ)を祝うための「Hallow Eve(ハロウイブ)」だったのが、後になまって「Halloween(ハロウィン)」と呼ばれるようになったものなんですって。

 




カトリックの諸聖人(オンニッサンティ)

カトリックでは10,000人ほどが聖人認定されています(※)。

 

※聖人の考え方はキリスト教でも宗派によって違います。特にプロテスタントではすべての信者を「聖徒」と呼び特定の人物を尊敬・崇拝することがないので、聖人と呼ばれる人物はいません。

「聖人」ってダレ?

聖人とは、カトリック信者のうち、伝説になるほどの非常に敬虔で他の信者の模範になるべき人物。

 

ものすごく簡単に言うと、とても信心深くて尊敬される行動をした人のこと。

 

多くは聖書に登場する人物、またキリスト教が公認される以前に異教を信じたと咎められて殉教した人物、それからカトリックを世に広めるのに貢献した人物などが選ばれています。

 

こんな感じの偉大な人物から、それって…聖人?となる人まで、たくさんの聖人が認定されています。

 

最近ではマザー・テレサや先々代ローマ教皇のヨハネ・パウロ2世が列聖(聖人に認定されること)されました。

 

旅好き女子ナナミちゃん
ヨハネ・パウロ2世って結構最近の人だよね~

 

聖人に認定されるためには、その前に「福者」に認定される必要があり、これには殉教者であったもしくは生前に奇跡を起こした(人の傷や病気を医学によらず治した)などの功績があったことが必要です。

 

以前はこのあと一定期間を経て、奇跡を2度以上起こした人を聖人と認定していたのですが、ヨハネ・パウロ2世の時代にこの手続きを簡略化しもっと早く聖人と認定されるようになりました。

 

ただし今でも「福者」に認定され、かつ2度以上の奇跡を起こしたと認められることが必須です。

 

 

💡 ちょっと豆知識! 💡 
イタリア語で「聖人」は「Santo(サント)」ですが、これは前後に来る単語によって変化するので、サント/サンティ/サンタ/サンなどが前についている言葉は「聖なる~」を表していることが多いです。
例えば「サン・ロレンツォ」→「聖ロレンツォ」、「サンタ・クローチェ」→「聖なる十字架」、「サント・スピリト」→「聖霊」など…

 

カトリックの有名な聖人たち

先ほどお話ししたように、カトリックの聖人は10,000人ほどもいますので、そのすべてを覚えるのは大変です。

 

ですが、美術作品に出て来る人物や、エピソードとして出て来る人物は有名な人が多いので、ザックリとどんな人なのか知っておくと面白いかもしれません。

 

各聖人はその生涯の出来事にちなんだシンボル(アトリビュートといいます)とともに描かれることが多いので、これを知っていると誰が描かれているのかわかって絵の意味や場面がわかったりしますよ!

 

聖母マリア(Madonna, Santa Maria, Vergine)

荘厳の聖母(オンニッサンティの聖母) ジョット・ディ・ボンドーネ, 1310頃 ウフィツィ美術館, フィレンツェ

荘厳の聖母(オンニッサンティの聖母)
ジョット・ディ・ボンドーネ, 1310頃
ウフィツィ美術館, フィレンツェ

イエスの母、マリア。ナザレの大工ヨセフと婚約中に神の意志によりイエスを身ごもり、そのことを天使から告げられる(受胎告知)。多くの場合は幼子イエスを抱く母という立場か、十字架から降ろされたイエスを抱きかかえて悲しみに暮れるシーン(ピエタ)で表される。
シンボルカラーは青いマント(マントの下は赤またはピンクの服)。

 

 

洗礼者ヨハネ(San Giovanni Battista)

洗礼者ヨハネ ロレンツォ・ギベルティ, 1412-16 オルサンミケーレ教会, フィレンツェ

洗礼者ヨハネ
ロレンツォ・ギベルティ, 1412-16
オルサンミケーレ教会, フィレンツェ

イエスの遠縁にあたる。イエスよりもほんの少し先に生まれ、多くの人に神の教えを説いて洗礼を施した。イエスにも洗礼を施すという大役を果たす。美術作品で描かれるシーンはイエスの洗礼または自身の最期。

 

洗礼者ヨハネの首を持つサロメ ティツィアーノ, 1515年頃 ドーリア・パンフィーリ美術館, ローマ

洗礼者ヨハネの首を持つサロメ
ティツィアーノ, 1515年頃
ドーリア・パンフィーリ美術館, ローマ

ヨハネの最期は、ヘロデ王の妻ヘロディアの連れ子サロメの希望により首をはねられ、盆にのせて宴の席に運ばれるという壮絶なもの。女性がお盆にのった生首を持っているか受け取ろうとしている場面は、ほぼヨハネを描いたもの。

 

シンボルはらくだの毛皮(ボロボロの服)と十字架

イエスの一番弟子ピエトロ(San Pietro)

聖ピエトロ ドナテッロ(ブルネレスキ?), 1410-15 オルサンミケーレ教会, フィレンツェ

聖ピエトロ
ドナテッロ(ブルネレスキ?), 1410-15
オルサンミケーレ教会, フィレンツェ

イエスの十二使徒のうちのひとり。十二人のうちまったくエピソードの出てこない人もいるが、ピエトロに関する話題は聖書の中にもそこそこ出て来る(「貢の銭」など)。イエスから天国の門の鍵を与えられ、その教えを後世に伝えるために教会をつくった。その場所がカトリックの総本山、サン・ピエトロ寺院。彼のお墓でもある。
シンボルは。片方の手に大きな鍵を持っている。

 

福音書記者マタイ(San Matteo)

ブロンズィーノ作 聖マタイ

聖マタイ
アニョロ・ブロンズィーノ, 1525-26
カッポーニ礼拝堂, フィレンツェ

新約聖書のうち、主にイエスの生涯や言動について記録した「福音書」。4つのパートから成り立つ福音書のうち、一番最初に置かれている部分の書き手とされるのが聖マタイ
もとは収税人という税を取り立てる仕事についており、この仕事は当時人々から嫌われていた。仕事中にイエスについてくるよう促され、弟子となった。
シンボルは天使

 

福音書記者マルコ(San Marco)

ブロンズィーノ作 聖マルコ

聖マルコ
アニョロ・ブロンズィーノ(?),1525-26
カッポーニ礼拝堂, フィレンツェ

マタイと同じく、福音書の一部分の書き手とされる(聖書内に記述はない)。イエスの筆頭弟子のピエトロと面識があり、「マルコによる福音書」はピエトロから聞いた話を書き記したものとされる。ヴェネツィアの守護聖人なので、ヴェネツィアの大聖堂はサン・マルコ大聖堂と呼ばれる。これは、9世紀にヴェネツィア商人がアレクサンドリアからマルコの聖遺物をヴェネツィアに持ち帰ったことに由来する。
シンボルはライオン。ヴェネツィア共和国(当時)の国旗は翼の生えたライオンが聖書を支えている。

 

福音書記者ルカ(San Luca)

ポントルモ作 聖ルカ

聖ルカ
ポントルモ, 1525-26
カッポーニ礼拝堂, フィレンツェ

同じく、福音書の書き手とされるが、それを証明する記述がないため現在でも真偽のほどは謎。古くより職業を医者と伝えられ、また画才があったとする伝承があるので医者や画家の守護聖人とされている。
シンボルは

 

福音書記者ヨハネ(San Giovanni Evangelista)

ポントルモ作 聖ヨハネ

聖ヨハネ
ポントルモ, 1525-26
カッポーニ礼拝堂, フィレンツェ

十二使徒のひとりで、福音書の書き手でもある。兄ヤコブとともに漁師をしていたが、イエスの最初の弟子となった。福音書内では「イエスの愛しておられた弟子」という記述が見られ、「イエスの変容」の場面に立ち会った数少ない弟子のひとりで、「最後の晩餐」の準備をピエトロと二人で行ったり、十字架降下の場面で男性の弟子でただ一人その場にいたりとかなり特別な存在であったとされている。絵画作品では、若く中世的で美しい容貌に描かれることも多々ある(例:画像右側)。
シンボルは

 

マグダラのマリア(Maria Maddalena)

改悛するマグダラのマリア

改悛するマグダラのマリア
ティツィアーノ・ヴィチェッリオ, 1533
パラティーナ美術館, フィレンツェ

もと罪深い女性だったが、イエスに体の中から7つの悪霊を追い出してもらい改悛。詳しくはこちらの記事へ。
シンボルは香油壺長い髪
ドナテッロやティツィアーノをはじめ、たくさんの芸術家が彼女をモチーフに作品を作っている。

>>ドナテッロ晩年の作品「マグダラのマリア」彼は何を伝えたかったのか?

>>ティツィアーノが「マグダラのマリア」を描くとこうなる。

 

最初の殉教者ステファノ

聖ステファノ

聖ステファノ
ジョット・ディ・ボンドーネ, 1330年頃
ホーン美術館, フィレンツェ

イエスの死後最初の殉教者。不思議な力と恵みに満ちて、人々にしるし(奇跡など)を行っていたが、これをよく思わない人々にそそのかされた民衆などによって捉えられ、最高法院に引き渡される。
その顔は天使のようだったが、人々の正しくない言動を批判したため、怒った人々から石を投げつけられて死に至った
このため、シンボルは。頭に石がささって血を流しているか、手に石を持っている。

 

アッシジのフランチェスコ

アッシジの聖フランチェスコ

アッシジの聖フランチェスコ
ジョット・ディ・ボンドーネ, 1288-1292
聖フランチェスコ大聖堂, アッシジ

12~13世紀に実在した人物。裕福な家に生まれながらもある日神の啓示を受けたことによって、教会を立て直し、自分の富を貧しい人に分け与た。それによって実家から勘当されてしまうが、清貧をモットーとして、生涯ボロボロの僧衣のみに裸足というスタイルで過ごし、神に仕え続けた。また彼が説く神の教えは小鳥たちまでが集まってそれに耳を傾けたとも言われる。
現在でも大きな宗派のひとつである、フランシスコ(フランチェスコ)会の創始者
シンボルは茶色(またはグレー)の僧衣に白い腰ひも後頭部を剃った髪型

アレクサンドリアのカテリーナ(Santa Caterina d’Alessandria)

聖カテリーナ

聖カテリーナ
カラヴァッジョ, 1598-99
ティッセン=ボルネミッサ美術館, マドリード

287年~305年、生きていた実在の人物。もとはアルメニア王の娘という高貴な血筋。とても美しくまた非常に聡明で、家庭教師を弁論で打ち負かしてしまうほどだった。若い時に理想の”夫”イエスと出会い、その妻となる(イエスは既に生きていないので現実世界の話ではない)。以降、イエスへの愛だけを理由に様々な困難をはねのけ、拷問を受けてもイエスの遣わした天使に守られる。
彼女の色々な行動に怒ったローマ皇帝は、刃がついた車輪で殺すことにした。カテリーナが神に祈ると天使がその刑具を破壊し、吹き飛んだ破片で逆に異教徒たちがたくさん亡くなった。最終的には斬首され、イエスのもとへと昇った。
シンボルは、刃の付いた車輪

 

殉教者ロレンツォ

聖ロレンツォ スピネッロ・アレティーノ, 1400-1410 ミラノ

聖ロレンツォ
スピネッロ・アレティーノ, 1400-1410
ミラノ

古代ローマ帝国、ヴァレリアヌス帝時代の人。まだキリスト教公認前なので、イエスの教えを説くことで異教徒として迫害された。最期は、生きたまま網焼きにされるという拷問を受けて亡くなるが、そのときに「こちら側はもうよく焼けたからひっくり返すがよい」と言い放ったというエピソードが残る。
ここから、シンボルは

 

聖人に捧げられたオンニッサンティ教会

これらの「諸聖人」に捧げられた教会が、「オンニッサンティ教会」。

 

フィレンツェを含め、いくつかの街にあります。

 

 

イタリア式お墓参り

イタリアのお墓

 

そして、翌日11月2日は「死者の日」として、お墓参りをする日です。

 

日本と同じようにお花をお供えし、死者と対話します。

 

地域によっては特別な食事を作ることも。例えばシチリアではフルーツとアーモンド生地で作る「死者のお菓子」、トレヴィーゾでは特別なパンなど。

 

また別の地域では死者(ご先祖様)が戻ってきて、家族の名で貧しい人々に食糧を分けてあげるよう呼びかけると考えられる風習もあるそうです。

 

この記事を書いた人
フィレンツェ在住の公認観光ガイド、Azuです。
得意ジャンルは美術、街歩き、ワイン。好きな芸術家は、ブロンズィーノ。有名作品もいいけど、隠れ注目ポイントや裏話が大好き!普通のガイドブックじゃ見つからない、”ここだけの話“をお伝えします♪ 詳しいプロフィールはこちら
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