北扉@フィレンツェの洗礼堂にまつわるエトセトラ。

   

サン・ジョヴァンニ洗礼堂

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今回は、フィレンツェの観光スポットサン・ジョバンニ洗礼堂の3つの扉のうち、北側の扉についてお話しします。

 

サン・ジョヴァンニ洗礼堂平面図

サン・ジョヴァンニ洗礼堂平面図

 

北扉は、東側の最も美しく、有名な「天国の門」と同じく、ロレンツォ・ギベルティによって作られました。

ただし、こちら(北)の方が先に作られた扉です。

ギベルティが作ることになった経緯には、あるエピソードが残されています。




北扉の作者、ロレンツォ・ギベルティ(1378?-1455)

自画像

自画像
ロレンツォ・ギベルティ, 1452
「天国の門」, フィレンツェ

この北扉は、15世紀前半に活躍したロレンツォ・ギベルティという芸術家の手によるもの。

ギベルティは、フィレンツェ(または近郊の小さな村)出身の芸術家で、1378年頃の生まれ。ドゥオモのクーポラ(円屋根の部分)を設計した、フィリッポ・ブルネレスキの一歳下です。

一時的に他の都市に旅したり暮らしたりしたことがありましたが、生涯をほとんどをフィレンツェで暮らし、ここで終えました。現在も、そのお墓はミケランジェロと同じ、サンタ・クローチェ教会内にあります。

 

金細工師だった父バルトロ・ディ・ミケーレのもとで修業し、腕を磨いたようです。いちばん得意としたのはブロンズ彫刻、金細工。しかし彫刻以外にも、実は本を書いたりもしています。

その技術の正確さはとても評判だったようで、同時代の彫刻家の中では重要な仕事を多く受け持っていました。

22歳頃、フィレンツェが政治不安と伝染病拡大のため、マルケ州のペーザロというところに避難しますが、あるコンクールに参加するためにフィレンツェに戻ることになりました。

 

ギベルティvsブルネレスキの因縁

1401年のこと。

 

フィレンツェの有力な商人の組合アルテ・ディ・カリマーラ(arte di Calimla)は、フィレンツェで宗教的に最も大事な建物サン・ジョヴァンニ洗礼堂の2番目の扉を新たに作る芸術家を決めるコンクールを開くことにしました。この扉は東側、つまりドゥオモの正面部分に設置されるものでした。

 

イタリア人ガイド マーク先輩
当時、ドゥオモはまだ建築中だったから、こっちの方が大事な建物だったんだ!しかも、いずれドゥオモはもっと立派な建物になることがわかってたから、この扉はめちゃくちゃ重要なものだった!OK?

 

コンクールにはたくさんの芸術家が応募し、最終選考に残った7人のトスカーナの芸術家のうち、最後まで残ったのがこの二人。

DSC_1826フィリッポ・ブルネレスキ(1377-1446)

LORENZO-GHIBERTI-AUTORITRATTO-1450-Mロレンツォ・ギベルティ(1378?-1455)

 

 

この時のお題は、旧約聖書の題材「イサクの犠牲」。

神が自分への信仰心を試すために、アブラハムに一人息子イサクを捧げるよう命じるというお話です。

詳しくはこちらをどうぞ>>カラヴァッジョの「イサクの犠牲」”背景”が描かれた貴重な作品!

 

二人はそれぞれ、こんな作品を作りました。

ブルネレスキ作

イサクの犠牲 フィリッポ・ブルネレスキ, 1401 バルジェッロ美術館, フィレンツェ

イサクの犠牲
フィリッポ・ブルネレスキ, 1401
バルジェッロ美術館, フィレンツェ

ギベルティ作

イサクの犠牲 ロレンツォ・ギベルティ, 1401 バルジェッロ美術館, フィレンツェ

イサクの犠牲
ロレンツォ・ギベルティ, 1401
バルジェッロ美術館, フィレンツェ

 

注文主のアルテ・ディ・カリマーラ自体が、既に完成していた南扉と同じ形の枠にするよう条件を出していたので、外枠は同じ形を使っています。でも、同じお題なのに雰囲気がぐっと違いますね。

 

ギベルティの作品は、全体的に優雅でちょっとファンタジックな感じ。

中心にいるアブラハムや、左手前の羊飼いの少年たちの衣服のドレープは優雅にカーブを描いています。彼らはまるで「今日何食べた?」とでも話しているかのような、まったりした雰囲気すら醸し出していたり。それに右上を飛んでいる天使は、今にも首を切られそうなイサクを助けるためにもっと急いだほうがいいと思うんだけど 😥 、「あ~待って~~~」みたいなふわ~っと飛んでる感じ。

 

それに対してブルネレスキの作品は…

 

いままさに息子イサクの喉にナイフを突き立てているアブラハムの右腕を、天使ががしっとつかんで、「待てっ、まだ!!早まるな!!」というような真剣な表情と驚いてそれを見つめるアブラハムの顔。とても緊迫しています。
とにかく非常に躍動感があって、現実的。右下の羊飼いの少年も何事かというように彼らの方を振り返っています。(左の羊飼いは…なんか、PSPでもしてるのかな…笑)
ブルネレスキの作品はこんな感じで全体的に勢いがあって、なんなら枠からはみ出しているところすらあります。

 

しかし最終的にコンクールで優勝したのは、ギベルティ

 

理由としては、彼の作品がまだ当時の主流であった優美な「ゴシック」趣味であり、ブルネレスキのそれはそれまでにない、斬新すぎる現実感を持っていました。だから、ギベルティの作品の方が注文主の意向に合っていたのです。

 

イタリア人ガイド マーク先輩
ブルネレスキの作品は、いうなれば「早すぎた」んだ!!もっと時代が下っていれば、現実性を重視するルネサンスの潮流にのって、もしかしたら違う結果もありえたに違いない!!OK?

 

そんなわけで、見事コンクールを制したギベルティがこの新しい扉の注文を受けることになったのでした。

 

一方ブルネレスキは、思いの丈を込めた作品が落選したことにショックを受けてか、親友のドナテッロを連れてローマへ旅に出ます。

そこで彼は素晴らしい技術のつまった古代建築を目の当たりにして、また別のショックを受けたのです。

 

イタリア人ガイド マーク先輩
ブルネレスキはパンテオンとか、ローマのありとあらゆる建築物を計測して、研究しつくしたんだ!!その成果を持って帰って結果に生かしたのが、ドゥオモのクーポラってわけ!!OK?

 

そう、この洗礼堂の扉のコンクールから始まった二人の因縁は、次はクーポラへと持ち越されたのです。16年後、今度はクーポラを作るためのコンクールが開かれ、その時は見事ブルネレスキが優勝して雪辱を果たしたのでした。

 

ギベルティが北扉に表現したもの

洗礼堂北扉

サン・ジョヴァンニ洗礼堂の北扉
ロレンツォ・ギベルティ, 1403-24
ドゥオモ付属博物館, フィレンツェ

 

この扉には注文当時は、コンクールの題材「イサクの犠牲」を含む旧約聖書の題材が表現されるはずでした。

が、注文主のアルテ・ディ・カリマーラは計画を途中で変更します。

この扉は作成時点では洗礼堂の東側に設置される予定だったので、ドゥオモの正面ということで聖なる「救済の扉」、つまりキリストの物語と、それを記した4人の福音書記者4人の教父を表現してほしいという依頼に変わりました。

 

イタリア人ガイド マーク先輩
福音書記者は聖書の中の「〇〇の福音書」の部分の書き手、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネを指すんだ!4人の教父とは、教会の指導者で聖書の解釈を書いた人たち、聖アゴスティーノ、聖ジローラモ、聖グレゴリオ、聖アンブロージョのことだよ!!OK?

 

ということで、扉の内容はこのようになっています。

 

北扉 物語の内容

北扉 物語の内容

 

キリストの物語は下からスタートします。

 

最初の場面は「受胎告知」、そして「イエスの降誕」。続いてそのまま右の扉に話は続き、「東方三博士の礼拝」、4番目の「神殿での学者たちとの議論」の場面の次は、上の段のまた一番左のパネルに続いて…という感じで、一番上の段が、物語のクライマックス

 

実は、先に完成していた南のアンドレア・ピサーノ作の扉は、左上から始まるのに、ギベルティは中途半端に下から3行目からストーリーが始まるようにしました。

 

旅好き女子ナナミちゃん
確かに、普通左上から見るから、下からってなんか違和感あるなぁ~

 

ギベルティがあえてこの配置にした理由はただひとつ!

 

 

イタリア人ガイド マーク先輩
彼は、最もドラマティックな場面(=キリストの受難、処刑、復活など)をいちばん大切なこととして最上段に表現したかったんだ!!OK?

 

やっぱり見せ場をしっかり考えてものを作るっていうのは、今も昔も大事なことなんですね!

 

ちなみに、ギベルティはこの扉を完成させるのに22年かかっています。

本当は当初の計画では1年に3パネルずつ完成させるっていう契約内容だったんだけど…その通りいったら半分ぐらいで終わってたのにね。

 

ガイドの先輩 マーク
しかもその間にオルサンミケーレ教会の壁がんに置く聖人像とか、他の注文を受け付けてるんだ!!どうかしてるぜ!!

 

でも、彼の腕に惚れこんでいたからか、注文はキャンセルや変更されることなく、無事ギベルティの手で完成されました。

彼はこの扉の中に、ルネサンス初の自刻像(っていうのかな?)と自分のサインを入れています。

それは、この部分。

IMG_8660

真ん中に、”OPUS LAURENTII FLORENTINI“と書いてあります。

現代イタリア語で「Opera di Lorenzo il fiorentino(フィレンツェ人ロレンツォの作品)」の意味。

左上の角にある自刻像の頭には、当時フィレンツェで流行していたマッヅォッキオ(mazzocchio)という帽子をかぶっています。パネルとパネルの間には同じ時代に活躍した他の芸術家をあらわした彫刻や、たくさんの植物や昆虫の装飾も。

 

こういう華やかさはゴシック趣味ですね。

 

旅好き女子ナナミちゃん
そういえば、この扉は最初は東に置かれてたって言ってたけど…なんでいまは北にあるの?

 

その理由は、ギベルティの腕前が素晴らしすぎたから!

続きはこちらの記事にて!>>ミケランジェロが惚れた!天国の門@フィレンツェの洗礼堂

 

サン・ジョヴァンニ洗礼堂観光情報

外観の装飾、扉を見つめているだけでも時間がすぎてしまう美しいフィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂。

もちろん、内部の天井モザイクも必見です!

北扉は現在はレプリカが置かれていて、オリジナルはドゥオモ付属博物館に保管してあります。

オリジナルは、ブロンズのみならず金箔の部分も修復により再現されていて、とても綺麗ですよ。

 

ドゥオモ付属博物館 / Museo dell’Opera del Duomo
住所: Piazza del Duomo, 9
営業時間:毎日 9:00-19:30
休館日:毎月第一火曜日(1月1日は休館。詳細は公式サイトにて確認)
◎チケット:サン・ジョヴァンニ洗礼堂、クーポラ、ジョットの鐘楼、サンタ・レパラータ教会遺跡5施設共通券で15ユーロ(最初の入場から48時間有効)※2016年12月21日~2017年3月21日まで特別料金10ユーロ
◎フィレンツェカード対象施設

 

この記事を書いた人
フィレンツェの観光ガイド、Azuです。
初めてイタリアを訪れて以来、すっかり魅せられ毎年旅行するうちについに住んでしまい、観光ガイドに… ⇒詳しいプロフィールはこちら
得意ジャンルは美術、観光、ワイン。好きな芸術家は、ブロンズィーノ。既にフィレンツェファンの方も、イタリアのどこ?何があるの?な方も、一緒に楽しみましょう♪
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