今回ご紹介する作品は、ウフィツィ美術館で見られるシモーネ・マルティーニ作の『受胎告知』。
全体に金色をふんだんに使った、なんとも贅沢な絵画です。
それに実物は210cm×184cmとかなり大きく(展示室が狭いせいもあって)、かなりのインパクトを受ける作品です。
それでは、見どころをじっくり見てみましょう!
目次
シモーネ・マルティーニ『受胎告知』
この作品は、14世紀シエナで活躍したシモーネ・マルティーニという人の作品。
この板絵は、シエナのドゥオモ内の聖アンサノ祭壇のために描かれたもので、作者のサインと日付が入っている。図像が語るように、金の背景の中に大天使ガブリエルのマリアへの挨拶が描かれている。
(作者は)シエナ派の有名な画家で、詩人フランチェスコ・ペトラルカの友人であり、アンジュー家や教皇庁といった重要な注文主のもとで活動した。シモーネは義弟のリッポ・メンミと工房を共同経営していた。(作品は)1799年以降、ウフィツィ美術館にて所有。-ウフィツィ美術館、作品の解説札より翻訳
シエナはフィレンツェとともにトスカーナ地方を代表する大きな都市で勢いがありましたが、この二つの町はとにかく仲が悪くて対立してばかり。
また、二つとも内陸に位置し、他の都市と交流が少ない場所にあったので、それぞれに独自の文化や様式が育ったのです。
当時のこの界隈の美術界では、より正確なリアルさを追求するフィレンツェ派(ジョットが代表的)、優美な宮廷美術をよしとするシエナ派(ドゥッチョなど)の二つが主流でした。
シモーネ・マルティーニのこの作品『受胎告知』はそんなシエナ派の特徴がとてもよく表れている、優美で豪華な表現が特徴です。
この作品に描かれているもの
最初に目に入るのは、やはり中心のマリア様に対して受胎告知をしている大天使ガブリエルの姿。
手には平和の象徴であるオリーブの枝を持っています。
普通は、マリア様の純潔の象徴であるユリを持っていることが多いんですが、ここではユリはさらにその奥にある花瓶に活けられています。
この理由は、ユリはフィレンツェの街のマークだったのでシエナ派のシモーネは使いたくなかったから(または注文主の意向で)、オリーブで代用したという学者もいるわ。私はこの説は好きじゃないんだけど…
両隣には二人の聖人、聖アンサノ(左)と聖女マルゲリータ(またはマッシマ)。
二人はこの祭壇画がもともと置かれていた教会の守護聖人なのよ
絵の中央上部には神のつかいである聖霊(白い鳩)がマリアの方へ向かって飛んでいます。
では、それぞれどのような点に注目したらいいのか、見どころはココ!
作品の見どころ①聖母マリアと天使
作品を見た時の第一印象。
マリア様びびりすぎ!
って思いませんでした?
実は、このテーマ『受胎告知』には次の4つのタイプがあるんです。
『受胎告知』の4つの表現
人気のある題材で、色々な芸術家が表現してきた『受胎告知』は、新約聖書の『ルカによる福音書』に登場する場面。
まだヨセフと婚約しかしておらず、処女であったマリアのもとに大天使ガブリエルが訪れ「あなたは神の子を身ごもりますよ」と告げる、有名なシーンです。
実は、数ある美術作品の中でも『受胎告知』は次の4つの種類に分けられます。
- 天使が突然目の前に現れて驚き、マリアが怖がる(戸惑う)
- 天使に妊娠を告げられ、マリアが「なぜ私が?」と驚く
- 天使の言ったことをマリアが受け入れる
- 天使が飛び立つ(マリアは見送る?)
1~3はよく見るんですが、4のパターンは私は見たことがないんですよね。とてもレアなんだそうです!
シモーネ・マルティーニが表現したのは、このうちの一番最初のタイプ。
ちょっとイメージしてみてください。
マリア様といえどもともと普通の人間です…
マリア様はある日、ゆっくりと自室で本を読んでおりました。
そこそこ夢中になっていたマリア様、ページをゆっくりめくろうとしたその時、視界の隅になにか動くものが…目を上げると、
天使!!
そりゃあびっくりしますよね。
普通に誰か人が立っていてもびっくりするのに、天使って!!(; ・`д・´)
という場面を描いたのが、まさにこの作品。
それを物語っているのが天使のマントの様子。ふわりと地上から浮いていて、今まさに着地しました!(*^▽^*)っていう瞬間です。
元祖”吹き出し”!?
さて、いきなり現れてマリア様を死ぬほどびっくりさせた大天使ガブリエルは、息つく暇もなく話し出しました。
「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」
マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。-日本聖書協会「新約聖書」ルカによる福音書1:28-29
作品の中央部分をよーく見ると、まるで吹き出しのように天使のセリフが描かれているのです。
ここには”Ave gratia plena dominus tecum“とラテン語で書かれており、これは先ほどの聖書の中の「おめでとう…」の天使のセリフ。
この表現はなかなか斬新な発想ですよね!
他の美術作品でこんなのを見たことがあまりない気がします。
作品の見どころ②フィレンツェ派との比較
同じ時代にフィレンツェで活躍していたジョットを中心とするフィレンツェ派は、後のルネサンスにつながる、「リアルさ」「人間らしさ」「正確さ」を追求しようとしていました。
ジョットの『荘厳の聖母』これなくしてルネサンスは語れない、大事な作品!一方、シモーネ・マルティーニやドゥッチョの属するシエナ派では、優美な宮廷美術が評価されていたので、彼らの作品はとても美しい表現が使われています。
美しい衣服の表現
この『受胎告知』でも、例えば天使の衣服に注目してみましょう。
非常に豪華なアラベスク(アラビア風の唐草模様)の織物の衣服を身にまとっていて、その袖口にも金と宝玉の縁取りがしてあります。
マントがタータンチェックなのも可愛い!!
チェックもところどころ目立つ色が入れてあってセンスよく配置してあります。
マリア様の衣服についても、服や裾などに金の縁取りがしてあって、すごく綺麗ですよね。
それから、ガブリエルもマリア様も、顔とか体つきなどのラインがとても優雅で上品なカーブを描いています。
この辺りの特徴は、さすがシエナ派を代表する巨匠!って感じです。
現実的な表現への挑戦も
でも、シモーネ・マルティーニはまったくのファンタジーワールドに生きていて現実をすべて放棄したわけでもありません。
フィレンツェ派のように、それが最優先ではないけれど、現実らしさを表現しようとしているところも少しあります。
例えば、マリアの表情。
逃げようとよじっているかのような体のポーズもそうですが、顔の表情も戸惑っていてとても人間らしい表現です。
それから、手にしている本は平面的ではなく短縮法を使ってリアルに近い感じで描かれているし、ちゃんと影の表現もされています。
正確ではないものの、床の大理石模様やマリア様の腰かけている玉座、奥のユリの花瓶なども遠近感を出そうとしていることが読み取れますね!
作品の見どころ③豪華絢爛な装飾
作品の見どころ、最後に、全体的な装飾について見てみましょう。
豪華な装飾
先ほど見たように天使やマリア様の衣服の細かいところにも豪華で優美な装飾がたくさん施されていますが、全体的にもとても豪華な印象を受けます。
やはり、背景が金色一色である、というのが大きいでしょうか。
現代でも金はとても価値のあるものですが、この時代はもちろん、というかたぶんもっと高価なもの。これが使えるのは、お金を持っている人、つまりこの時代で言うと教会関係者ぐらいでした。この時代は美術作品を注文するといえば教会関係者(文字の読めない人が多かったので、このような絵や彫刻を使って神の教えを人々に説いていたため)で、この作品も最初に解説にあったようにシエナのドゥオモ内に設置されるためのものでした。
またゴシック全盛期の時代で宮廷美術をよしとするシエナという場所だったからこそ、こんなにも豪華な作品が生まれたんですね!
額縁にも注目
ところで、周りの立派な額縁は、実はオリジナルではありません。
サインと日付、「シモーネ・マルティーニとリッポ・メンミ(シモーネの義弟)、1330年」と入っている箇所を除き、あとは19世紀に作り直されたもの。
でも、作品の雰囲気にぴったりマッチしていますね!
ちなみに、この作品『受胎告知』は2001年に修復されたのですが、フィレンツェの修復技術はやはりすごい。
Wikipediaのページに掲載されている修復前の写真は、背景が黒ずんでいて天使のセリフがとても読み取りづらい状態なのに、現在ではこんなにもくっきりと!!
さすが芸術の都です。
ちゃんと、絵画の修復を専門にする、絵画修復士という方々がいらっしゃるんですよ。
フィレンツェの美術作品の修復の多くは、もとは伝統工芸の輝石細工を作っていた輝石製作所というところで行われているの
この作品「受胎告知」はウフィツィ美術館で見ることができます。
ぜひ、この手前にあるジョットの「荘厳の聖母」と一緒に、フィレンツェ派とシエナ派の違いも堪能しつつ、鑑賞してみてくださいね。
ウフィツィ美術館