フィレンツェのシンボル、ダヴィデ像の作者ミケランジェロ・ブオナロッティ(Michelangelo Buonarotti / 1475-1564)の作品、「トンド・ドーニ(聖家族)」。
現存するミケランジェロの絵画作品のうち、唯一の完成された板絵です。
昔から人気の作品でたくさんの研究家が様々な仮説を立てて絵の解釈を試みてきました。
ここでは、現在一般的に受け入れられている内容の解説をします。
目次
ミケランジェロの唯一の板絵
唯一なんだ~ミケランジェロってあまり絵を描かなかったのね
ミケランジェロという人は絵画・彫刻・建築全てのジャンルをこなした人なんですが、本人は
彫刻こそが一番崇高な芸術!!
と考えていました。
そのため彼の絵画作品は彫刻に比べると断然少ないんです。
そして、現存する完成した絵画作品のほとんどが、動かすことのできないもの。代表的なものはシスティーナ礼拝堂(バチカン市国)にある「最後の審判」「天地創造」などの壁や天井に描かれたフレスコ画です。
この「トンド・ドーニ(聖家族)」はミケランジェロの絵画作品の中で、「唯一の」完成された板絵つまり持ち運びできる作品です。
トンド・ドーニ(聖家族)とは
トンド・ドーニ(伊:Tondo Doni)って作品の名前、トンドとはイタリア語で「丸い、円形の」という意味。ドーニというのは注文者のドーニ家の名前から来てるの。だから「ドーニ家の丸いもの」みたいな意味になるわね
この円形の絵というのはフィレンツェの伝統的な絵画スタイル。
昔々のフィレンツェではお祝い事、例えば結婚や赤ちゃんが生まれたとか、そんな時には絵を描いたお盆を贈る風習がありました。
そこからだんだん、立派な大きな円形の絵画作品が注文されるようになっていきました。このトンド・ドーニもそのうちの一つと考えられています。
トンド・ドーニの制作年
この作品が描かれたのは1504年頃、もしくは1507年頃の2つの説があります。
1504年はドーニ家の夫妻が結婚した年、1507年は彼らの長女が生まれて洗礼を受けた年なのでそのどちらかではないかという風に考えられています。
私はおそらく1507年の方だと思うんですが、それは後ほどご説明します!
※ちなみにこの作品を所有するウフィツィ美術館は、1505年から1506年の作品としています。
トンド・ドーニの主題
最初にこの絵にの真ん中にご注目!!グレーのラインがあって、これで世界が二つに分けられています。画面の手前側にいるのが聖家族。聖母マリアと幼子イエスとお父さんのヨセフ。
グレーのラインの向こう側には裸の人たちがずらっと並んでいます。この人たちは異教徒、つまり洗礼を受けてないキリスト教徒ではない人達。
彼らと聖家族の間、真ん中の右手のあたりに小さな男の子がいます。これは幼子の洗礼者ヨハネ。彼は後にイエス に洗礼を施すという大事な役割を持つ人で、イエスと同じくらいの小さい姿で描かれています。
さて、絵全体で何を意味しているのか。
後ろ側にいる裸の人たち(異教徒)は、これから洗礼を受けてこちら側の聖家族のキリスト教の世界にくるっていうことを意味してるんです。間にいるヨハネが洗礼そのものを意味していて、向こうの世界から洗礼を通じてこちらの世界にやってくるという感じですね。
ほんとだ、よく見たら、彼らのいる場所はお風呂みたいに水をためることができそう!
勉強熱心なミケランジェロ
ミケランジェロは人付き合いはあまり上手じゃなかったみたいですが、美術に対する姿勢はとても真摯なものでした。自分が感動した作品の表現技法などは色々と自分の作品に取り入れています。
ラオコーンの群像?
例えば、後ろの異教徒たちの中のこの人…
この半分腰かけたようなポーズ、とても独特です。これは、ミケランジェロがローマであるものを見てそれに感化されて自分の作品に取り入れたのではないかとされています。
そのあるものとは…
こちらはバチカン市美術館にある彫刻「ラオコーンの群像」。古代の彫刻なんですが、実は発見されたのが、ミケランジェロがローマに滞在していた1506年のこと。
彼はおそらくそれを見ていたと考えられるわ
それを見てからこの絵を描いたんだとすると、そしてやっぱりテーマが洗礼っていうことも併せて考えると、この絵の制作理由は、先ほど書いた1507年のドーニ家の長女が洗礼を受けた年っていうのがちょうどぴったりなんですよね 。
病院での解剖見学
それから特徴的な、彫刻かと思うような人間の身体の描きかた。
ミケランジェロはコネで病院の遺体解剖に立ち会わせてもらって、人間の筋肉の付き方を正確に研究したの
その成果を活かす場所としてダヴィデくんをはじめとする彫刻にも反映したし、この絵にも表現したのでしょう。マリアは女性なのにびっくりするぐらい筋肉質に描かれていますが、これもミケランジェロの特徴的なところですね。
こだわりの額縁
外側の枠は、オリジナルです。
1500年代初頭にミケランジェロが絵を描いた時にこの枠も作られ、それから現在までこの形です。
この枠自体、おそらくミケランジェロ本人がデザインをして金細工師に彫らせたと伝えられています。なので匠のこだわりの逸品なんですよね。
この枠には、5つの頭部の彫刻が施されています。一番上がキリスト、聖家族の方を見ています。真ん中の二つは旧約聖書に登場する預言者たち。一番下の2人女性は、巫女で、同じく神の言葉を伝える人達ですね。
この人達が絵の方、もしくはこちらの鑑賞者の方向いてるっていうデザインになってるんですが、実はこれ、ミケランジェロが他の芸術作品からインスピレーションを受けて作ったものなんです。
それは、こちら。
ミケランジェロも惚れた!「天国の門」と呼ばれる極上の扉、フィレンツェの洗礼堂にあります。
ドゥオモ前にあるサン・ジョヴァンニ洗礼堂の東側の入り口にある扉です(現在はコピー、オリジナルはドゥオモ付属博物館所蔵)。
作者はロレンツォ・ギベルティで、とても立体的な立派な彫刻なんですが、そこには当時活躍していた芸術家の肖像彫刻がたくさんあります。若きミケランジェロはこの作品の素晴らしさに感銘を受けて、いつかこれを自分のものにしよう!ということでこのトンド・ドーニを描いた際に実現したんです。
「トンド・ドーニ(聖家族)」は後世の芸術家のお手本に
人物のポーズ
そしてやっぱり最も特徴的なのは聖母マリアがぐっと体をそらすようにして、後ろにいるヨセフから幼子イエスを受け取る(または渡す)このポーズ。
う~ん、確かにこんな構図ってあんまり見たことないかも…
普通、聖母子が描かれるときは、だいたい体の前で抱っこしてるのが一般的な描き方なんです。この作品のポーズってとても独創的。筋肉の付き方をしっかり理解して、体がどのように動くかがちゃんと頭に入っていたからこそできる表現ですね。
衣服の表現の色使い
あと、色使いもとても独特です。
聖母マリアは、一般的に赤い服に青いマントを着て描かれます。
この作品中の彼女もそうなんですが、でも例えばマントに注目すると、一つの青色ではなくてニュアンスのある青色。つまり光が当たっている部分は白っぽく、陰の部分は紺に近い青で表現されています。
こういう色使いのことを「カンジャンティズモ(cangiantismo)」といって意味は「玉虫色」。光加減で色調が変化するリアル世界に近い表現を取り入れていて、ここもやっぱり彫刻大好きなミケランジェロらしさが表れているところですね。
この「体をひねったポーズ」と「カンジャンティズモ」はミケランジェロに始まる美術の潮流「マニエリスム」の大きな特徴なの
めくるめくミケランジェロの世界、お楽しみいただけましたか?
本物は、フィレンツェのウフィツィ美術館で!
ウフィツィ美術館