はじめまして。花の都フィレンツェで観光ガイドをしています。

      2017/02/24

クーポラ

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当サイトをご訪問いただき、ありがとうございます。

イタリアは花の都フィレンツェで観光ガイドをしております、Azuと申します。

ブログでは、現地在住ならではのお役立ち情報面白情報イタリア旅行の豆知識などを発信していきたいと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします!

プロフィール簡易版は、こちらをご覧ください♪

それでは、以下、とても長くなりますので、お時間のある方、ちょっと興味があるから読んであげようかな、という心優しい方は、是非じっくりお付き合いください♪

ブログを書いているのはどんな人?

フィレンツェ公認ガイドAzu

 

兵庫県出身の30代女性です。

生まれは大阪府箕面市。

父が転勤族のため、小学校4年生ぐらいまで

ほぼ1年ごとに引っ越しをしていました。

きょうだい3人は出生地が全員違います。笑

そのためか、本人もかなりの引っ越し魔になってしまい、

これまでの人生で転居経験は約20回を数えるほど…

( ゚Д゚)ワォ!!我ながらビックリです。

 

職歴について:不動産会社での体験

引っ越し数が多いのは、不動産会社に勤めたからかも。

大学卒業後、初めて就職した会社は賃貸仲介専門の不動産会社。

今、振り返るとあまり労働環境はよくなかったです。

 

業界の体質か、ろくに研修も受けないうちから

  • 毎日一契約!
  • その気がなくても契約させろ!
  • 自分の給料分も稼げないやつはやめてしまえ!
    …などなど、

私は幸い良い上司に恵まれ、

直接的にこのような言われ方はありませんでしたが、

さらにその上の上司がこういう風に責め立てているのを見たり。

 

また当時は定休日がなく、休みの日でも他の出勤している人から

「お客さんから問い合わせで…」

と電話があったりして全く休まることがなく

もちろん、サービス残業なんて当たり前。

 

嫌だ嫌だとずっと思いながら働いていたのですが、

とあるキッカケをもって一気に退職手続きを済ませました。

色々嫌がらせもされましたが。

 

何せ新卒で初めて就職したもので世間ってこんなもんなんだ

と長らく思っていました。

 

それなりの規模の会社だったので退職時の有給休暇は丸一か月消化することができ、

その間に転職活動。

この時は、新卒採用時と違って景気がかなり上向いていたので、

思っていた以上にたくさん求人があり、

その中で一番福利厚生が良かった保険会社へ転職。

 

この時のカルチャーショックは忘れられません。

 

職歴について:保険会社での体験

夢のような職場

入社式、初期研修で東京本社へ呼ばれ、3日間の研修を受けました。

まずこの時点で、ホテルも全部手配していただき、

さらに新幹線は指定席分の料金も出してくれるという

(もしかしたら世間では当たり前なのかもしれませんが 😥 )

手当の厚さに感動し、

さらに配属先の支社に行くと

「文房具類はここにあるからね」

経費で買ってもらえることに感動!!

前職は自腹でしたから…

 

また支社では、さらに一か月かけて色んな研修

(各種システムの使い方、自社商品の研修、営業研修など)

でゆっくりと教えてもらい、

さらにさらに先輩社員の営業先に同行させていただけるという、

前職から考えると天と地ほどの差がある待遇に涙がちょちょ切れそうに。

 

もちろん職場の方はみんな優しくてお互いに気遣っていて、

きちんと定時で帰らせてくれるし、

歓送迎会の費用は支社経費から出してもらえる…!!という夢のような場所でした。

 

「代理店営業」の仕事を通じて出会った人たち

私の仕事は、「代理店営業」でした。

 

その保険会社は、基本的には直販社員を置かず、

商品を代理店を通じて販売するというスタイル。

つまり、代理店さんとのグリップをいかに強くするか

というところが大事なのです。

代理店さんはうちの会社の商品だけではなく、複数社の商品を取り扱っているので、

数多くの商品の中から自社商品のシェアをより高めてもらうよう営業する

というのが私のミッションでした。

 

知識や経験がないうちは、軽くあしらわれることも多かったのですが、

この仕事の面白いところは本当に色々な人とお会いできること。

年間50万円に満たない人から、月だけで数百万円売り上げる人まで

本当にピンキリなんです。

そしてやっぱり、成績上位の人たちって、本当に面白い

経験も豊かで、辛い、苦しい思いもたくさんしているからこそ、

私たちのような保険会社の営業社員のことも大事にしてくれる。

中には

Aさん
俺たちが売ってやってるおかげで、保険会社なんて営業できてるんだ 

 

みたいな態度で上からの人もいましたが、それはそれで正しいんですよね。

そういう態度が正しいということではなく、

その考え方はある意味合っているんです。

 

でも、そういう人よりも、

私たちのことを大事にしてくれる人の方が、はるかに売り上げはいいんです。

それはやっぱり人柄とか、その人自身の知恵とか、

そういう諸々が反映していて、

お客さんはやっぱりそういうのを見抜いちゃうんですよね。

特に売り上げ上位の人のお客さんも、

大企業を経営していらっしゃったり、

自分自身が稼ぐ力を持っていらっしゃったり、

人を見る目もあります。

 

売り上げのいい人たちの考え方はこんな感じでした。

Bさん

保険会社がいい商品を提供してくれるから、自分たちはお客さんに安心して営業ることができる。

もし、そうでなければ自分たちは武器を持っていないも同然 

 

どちらも同じ代理店さんですが、こんな風に考えて接してくれる人の方に

やっぱりいい情報を伝えようとか、

もし難しい交渉事が必要な案件でも何とか成立させたい、そう思いますよね。

売り上げがいい人って、相手をそういう気持ちにさせることがとても上手なんですよね。

 

この会社で経験できたことって本当に数えきれないくらいあって、

それは今でも私の中で色んなことを考えるときの一つの判断基準。

たくさんの人に接することができたことで

自分ではとても思いつかなかったり、

見ることのできない世界を見せていただいたりと、

とにかく色んな視野を持つための訓練をさせてもらったような気がします。

 

私がイタリアに移住したワケ

保険会社に在籍していた頃、

一年のうちに必ず連続5営業日以上の長期休暇を取らないといけない

という決まりがありました。

土日をいれると最低9連休です。

 

入社2年目の頃、

高校時代の友人と一緒に旅行しようという話になり、

たまたま行ってみたい先が二人とも、

ローマとフィレンツェイタリアだったのです。

イタリア国旗

私はもともと凝り性なところがあるので、

Azu
イタリアに旅行に行くならイタリア語を喋れないと! 

と考え、それを習いに行くところから始めました。

 

その年の9月、初めてのヨーロッパ旅行に出かけました。

それは想像以上に素晴らしい旅

いかにもヨーロッパな中世そのものの街並み、

テレビで見たあの美しい景色が目の前に広がること、

食事は何を食べても美味しく、

出会うイタリア人はみんな親切でニコニコともてなしてくれ、

大満足で帰途についたのです。

むしろ、帰りの飛行機の中で

Azu
日本に帰りたくない!(´・ω・`) 

とさえ思い、こんなことは初めてでした。

 

それまで行ったことのある海外は、

タイ、韓国、グアムなどわずかな場所しかありませんでしたが、

いつも旅の終盤には

Azu
あ~やっと帰れる!帰ったら美味しいもの食べよう!! 

って思ってたんです。

そう、どこの料理もいまいち口に合っていなかったんですね。

それがイタリアでは、何をどこで食べても美味しくて、

もちろんワインも美味しくて、もっともっと居続けたいって思ったんです。

(ちなみに私、イタリア好きから始まった趣味でワインをこよなく愛しており、

それも高まりすぎたあげくワインエキスパートという資格も取得しました)

 

日本に帰ってきてからはイタリア熱は高まるばかり。

当時通っていた語学学校の友達と、

お気に入りのイタリアンに行って「イタリアいいよね~( *´艸`)

って話をしていたら、そこのフィレンツェ人のオーナーさんが

たまたま私たちの隣にいたお客さんを紹介してくれたのです。

「この人たちもイタリアが大好きなんだよ」って。

 

実はこれもまた、結構な運命の出会いで、

ここからどんどん芋づる式にイタリア好き仲間が増えていくんです。

こんなにも世の中にはイタリア好きな人がいるんだ~って、また知らない世界を知りました!!

 

そしてさらに私のイタリア好きは進化する一方。

翌々年には、長期休暇を利用してプチ留学をすることを思いつきます。

選んだ場所はフィレンツェ、それは初めて上陸した街で、

Azu
いつかこの宝石箱のような街に住みたい!!! 

と思ったからでした。

一週間、現地の語学学校に通いつつ、

お昼過ぎまでの語学レッスンを終えると街を散策したり、

お料理教室に参加したり。

同じ学校の友達と、お出かけしたりもしました。

 

本当に楽しい思い出ができて、翌年からも同じくプチ留学だったり、

知り合ったイタリアソムリエさんが主催するツアーに参加したり、

年に一回はイタリアに飛び続けます

いつも帰りには「やっぱり帰りたくないな~(´・ω・`)」って思いながら。

 

そして2013年。

東京在住のイタリア人女性が主催する、

南部のプーリア州を巡るツアーに参加しました。

プーリア州は、かかとの辺り

プーリア州は、かかとの辺り

 

それまで訪れていたのはほとんど北部~中部の街が中心で、

それとは全く違う風景、習慣、食べ物、人々、全てにまたもや感動します。

 

帰りの飛行機が関空に降り立った瞬間に感じたのが、

Azu
あれ、なんかココじゃない 

…そう、私がいるべき場所はここじゃない

これは今でも説明はできませんが、なんだか直感的に起こった感情でした。

これが11月下旬のこと。

 

12月に入ってからもずっと「ここじゃない」感は消えません。

ついに思いいたってしまいました。

Azu
もう、住んじゃったらいいんじゃない? 

射手座の私、思いついたらそれを達成・実行しないと気がすみません。

 

そこからは移住することを調べ始め、

どのタイミングで会社を退職するのがベストか、

何を準備すべきか、全ては移住することを前提に動き出しました。

自分の中でベストだと判断したのは夏のボーナス後(7月)。

唯一気がかりだったのは、職場のこと。

とても雰囲気がよく、居心地のいい職場だったんです。

気にしていたのは異動のこと。

保険会社は、年度末の3月はいつもかなりの人数が異動します。

当時の私の直属の上司(課長)は、その支社に来て丸3年、

とても仕事のできる人だったので、

恐らく昇進で異動するだろうと言われていました。

この課長が異動するのはほぼ間違いない。

では次の課長は?

その時のチームのNo.2が昇進で課長になるならいいけど、

もしよそから来た人だったら。

その人が来るや否や在籍の長い私が退職を申し出ると、

その人に何か問題があったのでは?と、

事情を知らない人から憶測が飛ぶかもしれない。

 

だけど、私はやっぱりツイていました!(*´▽`*)

心の中での願い通り、No.2が昇進で課長になったのです!

これなら、長く一緒のチームで仕事してきたので

今更その人のことが嫌で辞めたとは誰も思わないでしょう。

本当は彼にもものすごくお世話になったし、

もっと恩返ししてからにしたかったけど、

それではいつ自分の思う人生が歩めるかわからない。

 

今しかない、と思いました。

 

夏のボーナスの支給日、私は新課長に退職の意志を申し出ました。

そして、8月のお盆休み前まで出社し、

ビザ申請や出国準備など、たくさんの事務的な手続きを済ませ、

いよいよ9月28日の関空発の飛行機で、日本を後にしたのです。

 

イタリアで実際に生活してみて

イタリアに来て最初の一年間

最初は半年間、フィレンツェの語学学校で学び、

それから行きたかったプーリアへ。

1か月半ほどを南のレッチェという街で過ごしてから、

東のアドリア海側を一週間かけて旅をしつつ、フィレンツェへ戻ってきました。

 

プーリア州って景色や食べ物、人もすごくいいんですよ。

穏やかな田舎で、とても過ごしやすいところです。

いわゆるイメージ通りの「イタリアの田舎」って感じではないでしょうか。

ただ、のんびりしすぎるあまりに仕事がないのも事実。

働くにはやっぱりフィレンツェやミラノ、ローマなど

都会の方が仕事が見つかりやすいのです。

日本と同じですね。

それで初夏にフィレンツェに戻ってきました。

 

仕事をしなくては!

この時点でイタリアに来て1年足らず。

イタリア人の言っていることはわかるけど、

コミュニケーションするには私のイタリア語はややたどたどしく、

仕事ができるかどうかはとても不安

とりあえず、日本語の掲示板サイトなどで求人情報を見つけ、

いくつかの仕事をしてみました。

  • お土産物屋さんの店員さん
  • レストランのウエイトレス
  • ベビーシッター

などなど。

だけど、店員さんやウエイトレスは私には向いてない、と思ったんです。

 

もともと私は、営業職という仕事をしていたわりに、

人に物を売るということがとても苦手でした。

正直、売上ランキングとか、興味ない。

誰がたくさん売ったとか言われても「ふ~ん」って思うだけで、

売れなかったとしても気にならない。

もっと売りたい!!負けたくない!!みたいな気持ちが薄すぎるんですよね。

 

それよりも、保険会社時代の代理店営業のように、

人に何かを教えたり(研修や教育など)、

情報を伝えることによって相手が喜んでくれる、

そういう仕事の方が楽しいと感じるのです。

 

その点、ベビーシッターはとても楽しかったです。

相手は2歳の女の子、イタリア人と日本人のハーフです。

私の役割はわずか3時間ですが、

一緒に遊ぶのと、なるべく日本語で話しかけ、日本語を教えること。

実は意外なんですが、

ハーフだからといって勝手に二か国語喋れるようになるものではないんだそうです。

ほっておくと、どちらか一方の言語、

特に住んでいる国の言語しか話さなくなり、

もう一方の言語は聞いたら理解はできるけど、

自分でその言語を話すことはできないんだとか。

だからそのお母さんは、

きちんともう一つの母国語も自分で話せるようにしてあげたいから

ということで日本人のベビーシッターを募集していたのでした。

2歳ってほんとに元気があり余っていてなかなか体力的にはハードでしたが、

片言で話す様子はとても可愛かったし、楽しい仕事でした。

 

でもこれだけで生きていけるほど世の中は甘くありません

 

この仕事はせいぜい週に1~2回だし、

それすらもちびっ子の体調次第でキャンセルになることだってあります。

考えた末、メインの仕事となるよう、観光ガイドの資格を取ることにしました。

 

もともと、美術館や教会に行ったり、観光地を巡ったりすることや、

写真を撮ることがすごく好きだったし、自分も旅行したときに、

ガイドさんにただ見ただけじゃ気づかないような豆知識や情報を聞くことが

とても楽しかったからです!

 

フィレンツェで観光ガイド資格!!

観光ガイド資格ってそもそも何??

資格なしでガイドをしているイタリア在住日本人は

たくさんいると思いますが、でもこれは実は法令違反です。

万一、無資格でガイドの仕事をしていることが発覚したら、

罰金が1,000ユーロ(約12~15万円)以上取られるのみならず、

在住資格を申請して住んでいる私たち外国人にとって、

法令違反というのは滞在許可証の更新に際し致命的になることがありえます

そんなわけで、観光ガイドの資格を取るために、専門学校に行くことにしました。

ガイドの資格、日本のイメージだとそんなに難しくなさそうですよね。

よく、日本の友達からも

ともだち
ツアーコンダクターみたいなもんだよね。右手に見えますのがドゥオモで~、とか現地を案内すればいいんでしょ?

って言われるんですが、これがこれが。

私もやってみるまでこれほどとは思いませんでしたが…笑

 

イタリアの観光ガイドって、専門職の扱いなんです。

  • 考古学、言語学、外国語文学、建築学etc.を専門的に学ぶ学部(もちろんイタリアの大学の)を卒業した人
  • 専門学校で所定の授業を800時間終えた人

それで最終試験(筆記、面接)にパスしなければ、資格はもらえません。

800時間って…想像できますか?

一日5時間の授業を受けるとして160日、

休みの日を除くと大体8か月ほど通学が必要です。

 

美術のど素人が挑戦!

私はまったく美術や歴史関連の分野の専門ではなく、

卒業した学部は「総合科学部総合科学科」という、

何やってんだソコみたいな学部で、

専攻は「文化人類学」という

これまたなんだソレみたいなジャンルでした。

(一般的にですよ!知られなさ過ぎていつも説明に苦労します)

 

つまり、イタリアの美術や歴史に関してはど素人です。

 

もっとも、高校のときは世界史選択で、

美術品のいっぱい載ったような資料集を見たりするのは結構好きでした。

 

そんな私が、しかもまだたどたどしいイタリア語で

深―い深―いフィレンツェ2000年(エトルリア人も入れると約3000年)の歴史と、

世の中に星の数ほどある美術品(フィレンツェだけでなく、西洋美術史も)と

芸術家や政治に登場する重要人物などいったいどれだけいるんだという人数と

フィレンツェ県に含まれる小さな村や街

について勉強する、

というとてつもなく無謀なチャレンジに乗り出したわけです。

その他法律や会計学やコミュニケーション学とか、

なんで入ってるんだろう?みたいな必須科目もありました。

 

もちろん、コースに入った時点での私はイタリア語もおぼつかない状態で、

Azu
(漠然と)ギリシャのパルテノン神殿の建て方の話をしてるんだー 

って感じる程度でした。

 

ダメダメですね。

 

それでもコースの前半の時期は座学が中心だったので、

ほぼ聞いているだけだったのでまだよかったのです。

 

コースが半分に差し掛かるころ、stage(スタージュ)といって、

いわば実践の授業が増えてきたのです。

クラスメイトや先生の前で、まるでお客さんに説明するかのように、

ある美術品や芸術家について、解説する。

そういう課題をこなさなければならなくなりました。

 

この時点での私は、

相手が話をきちんと聞いてくれたりゆっくり喋ってくれる人なら

落ち着いて話ができるけど、

早口でバンバン質問を投げてくる相手だとテンパってしまって、

返事に詰まってるうちに相手がしびれを切らして

別の人に話しかけに行ってしまう、みたいな状態でした。

 

泣きましたねー。

 

ほんとにこの時期は毎日のように泣いて、

周りの人に本当に迷惑や心配をかけまくりました。

申し訳ございませんでした。

申し訳ございませんでした。

 

そうは言っても、今更やめるわけにはいかない。なんとかして乗り越えなければ。

 

でも、言葉なんてそんな簡単に喋れるようになりません。

昨日まで片言だった子が、

朝起きたらニュースキャスターみたいによどみなく喋れるようになったなんて話、

聞いたことないですよね。

 

ではどうするか。

 

最大の難関、イタリア語をレベルアップするために

私が考え、実行した方法。

課題の5分間で話す内容の原稿を作り、丸暗記する

 

5分間って結構長いんですよ…。(ノД`)・゜・。A4用紙一枚分ぐらい。

日本語でもまぁまぁ長いんですが、概ねの内容を頭に入れていれば、

適当にアレンジしながら話すことができます。

でも、私の頼りないイタリア語レベルだとそうはいきません。

単語もその時初めて調べたものだってたくさんあって、

そういうモノも含めての丸暗記だから、

どの単語を飛ばしたら意味が通じなくなるかまで考えている余裕がないんです。

しかも、内容の下調べにもそこそこ時間がかかります。

ミケランジェロとかラファエロみたいに、

日本でもよく知られていて日本語のサイトもヒットするようなもの

だったらまだいいんですが、

ポッライオーロとか、誰それ?( ゚Д゚)

みたいな芸術家になるとイタリア語で調べるしかなく、

ようやく内容を理解して、それから原稿を作って丸暗記する…

暗記するのもやっぱりそれなりに時間がかかるので、

膨大な時間を消費しました。

 

でも、先生方もハードさはわかってくださっているので、

私たち外国人には比較的易しめの課題を当ててくださったり。

 

イタリア人のクラスメイトからしたら不公平だなーって

思ったかもしれませんが、でもうちのクラスの子はみんな優しくて、

こんなマニアックな問題、外国人には厳しいよーって愚痴ると

ダニエラ
その問題のときは私が手を挙げるよ!!

って言ってくれたりして。

本当に色んな人に助けてもらったなーって思います。

 

コース開始から9か月後…いよいよ最終試験!!

最終試験の1か月前にはリハーサルというか、

筆記も面接も模擬試験のようなものを学校でやってくれました。

これがあったおかげで、本番はずいぶん落ち着いてできたと思います。

また、試験官はとても優しい、穏やかな若い女性で、

面接のときもニコニコとお話ししてくれて、

落ち着いて受けることができました。

そんなラッキーと、

もちろんクラスメイト各自の努力とお互いの協力もあって、

無事クラス全員でパスすることができました!

 

試験が終わってからは、それぞれの仕事が忙しかったりで、

なかなか会う機会が減りましたが、

時々何人かで一緒に勉強がてら、色んな美術館とか宮殿に行って、

お互いに説明する練習をしていたりします。

 

これが結構意外と色んな発見があって、自分でお客様へお話しすることと、

別の人が説明する部分って違うんですよね。

もちろん、それぞれの国の常識が違うので

着眼点が違うというのも理由のひとつではありますが。

それでも、例えばミケランジェロに関するエピソードひとつとっても、

「あ、そういえばそんなのあったね~」

みたいな、忘れてしまっているようなこともお互いあって、

人の話を聞くって大事だなぁって思います。

 

結びのご挨拶

こんな感じで、

非常に長いご挨拶、兼、自己紹介となってしまいましたが、

私という人物や、ガイドの仕事、イタリアの生活など、

色んな事について少しでもご興味を感じてもらえることがあったなら、

とても幸せです!(*´ω`*)

 

まだまだ、勉強しないといけないことも多いですが、

大好きなイタリアという国や、

本当に宝石箱のようなフィレンツェという美しい街

そこに暮らす楽しいイタリア人含め色んな人々のお話を

お伝えしていきたいと思います。

 

また、サイトやブログを見て、イタリアに行ってみたいな、

って思われた方、ぜひご連絡ください。

日本にいたら思いもしないような、

そんなことが世界にはあるのか!みたいな経験をたくさん

していただけるよう、

そしてそれぞれのご旅行が最高のものになるよう、

自信をもってプロデュースさせていただきます♪

 

それでは、ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました!!

arigato

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