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ヴェッキオ橋の上って2階建て?になってるけど、ここってどうなってるの?
ここは『ヴァザーリの回廊』という場所で、ウフィツィ美術館とピッティ宮殿をつなぐ全長1km弱の廊下になっています!その昔、メディチ家が作らせたものなんですよ。

えっすごーい!面白そう!ここって入れるのかな?
はい、今は美術館の一部という形になっていて、予約制のチケットで入場でき、フィレンツェの街の『空中散歩』を楽しむことができます。
ヴァザーリの回廊の入場の仕方と、中がどんな風になっているのか、見てみましょう!
目次
ヴァザーリの回廊 入場前の準備
今回は、この回廊の設計者ジョルジョ・ヴァザーリ先生にナビゲートをお願いしましょう!

私が主君コジモ1世・デ・メディチ殿下のご要望にお応えして設計した最高傑作…とくとご覧あれ!
入場チケットは完全予約制
『ヴァザーリの回廊』に入るには、専用のチケットが必要(完全予約制)です。ウフィッツィ美術館とセットのチケットになっていて、ヴァザーリの回廊の入場時刻を指定して予約します。.

チケットに記載の予約名と照合があるので、パスポート(写真でもOK)の持参をお忘れなきよう!!
一旦ヴァザーリの回廊に入った後にはウフィッツィ美術館に戻ることはできないので、先にウフィッツィ美術館の内部の見学を済ませておく必要があります。
それから、回廊入場後は出口までお手洗いはありません。ウフィツィ美術館内で先に行っておいたほうがいいですね。
美術館内に持込が制限されている、大きな荷物や長い傘はウフィツィ美術館側のクローク(1F入場口近く)で預ける必要があります。荷物を預けた場合はヴァザーリの回廊の見学終了後にウフィツィ美術館に引き取りに戻らなければいけません。
ウフィツィ美術館は広大で、だいたい館内が混雑しています。さらに見るべき作品がたくさんあるので、予約時刻の少なくとも2時間以上前に入場することが公式サイトでも推奨されています。
ヴァザーリの回廊にいざ、入場!
ヴァザーリの回廊の入口

ヴァザーリの回廊の入口は、ウフィツィ美術館2Fの部屋「D-19」にあります。メディチ家の肖像画コレクションのある2階の通路から入ったところです。

予約の時間に、上の指定された集合場所に集まります。入口前に係の人が待機していて、ベンチが置いてあるので、早めに行って落ち着いて待ちましょう。時間が近づくと、チケットと名前の照合が行われます。
点呼・注意事項の確認
チケットと氏名の照合が終わると、通路をまっすぐ進み、待機場所に行きます。
ここでは、同時入場のグループ全員の本人確認が終わるまで待機します。準備が整ったら、回廊を通るにあたっての注意事項がなされます。たいていの場合、英語とイタリア語で行われ、別途、紙面でも確認できるようになっています。
だいたいは以下のような感じです。
- コースはの所要時間は約1km、45分ほどで、延長することはできません。
- 見学は上限を25人とするグループごとに行います。グループはウフィツィ美術館の係員2名の誘導に従って行動することとし、各自のペースで見学することはできません。また、ガイドツアーではないので、簡単な説明のみになります。
- この場所から直接コースに入場し、出口では屋外に出るため、貴重品およびコートなど必要なものは持って行ってください。傘はバッグやポケットに入る程度の小さなもののみ認められています。長い傘や大きな荷物など、ウフィツィ美術館入館時点でクロークに預けたものは出場後に再度ウフィツィ美術館に取りに戻っていただきます。
- 展示品や壁などには触れないでください。
- 内部では写真撮影は可能です。ただし、フラッシュはオフにしてください。また、ビデオの撮影はできません。
この最初に入ったところは、天井画が1500年代のフレスコ画、この当時によく流行っていた『グロテスク装飾』です。メディチ家がこの回廊を利用していた当時は、建物3階部分から出入りしていました。この場所からは、ちょうどその当時の入口部分のドアが見えます。


ここをメディチ家が行き来してた…って考えるとワクワクしてきたー!

当時の出入口は、美術館3Fのちょうどレオナルド・ダ・ヴィンチの作品の部屋の手前あたりですぞ!
それでは、いよいよ回廊に入場です!
最初の廊下
さて、いざ回廊部分に入りました。ウフィッツィ美術館の外壁や、アルノ川の様子が見られます。

通路は思ったよりも長いです。ただ、内部には、リニューアルオープンしてからはほとんど展示作品がありませんので、基本的にこの辺りは、内部の装飾や展示を楽しむというよりも、窓の外の景色や昔のメディチ家の気分を味わう区画…ですね。
この通路では左側にアルノ川、右側に市街の様子が見えます。

在りし日のコジモ1世殿下がお通りになった廊下ですぞ!殿下はここからよく、下々の暮らしを興味深そうに観察しておいでだったものです…
※(多分そうだったかもしれませんが)フィクションです。
少し進んでいくと、左手の窓からヴェッキオ橋が見えるようになってきます。

貴金属店や橋の上を行きかう人々を見下ろす
まっすぐまっすぐ行って、ヴェッキオ橋にだいぶ近づいてきました。

ほぼ橋の麓のところまで来ました。ここから橋の上を通過していきます。

この角度からって新鮮!いつもお店とか風景に気を取られてたから、橋の上の建物を眺めるって珍しい感じ!
もう早速見えていますが、ヴェッキオ橋の上はすべて端から端まで貴金属店になっているので、それを上から見下ろす感じになります。
建物の上にも注目!
橋の上(地上階)を通るときは、やはりキラキラのジュエリーの方に目が行ったりしがち。それに、人がたくさんいるので、なかなか周りをじっくり見るのは難しいんですが、ここからだと橋の建物そのもの、屋根瓦、そういったものが見えます。


わぁ~年季の入った、風情がある風景だね~!
このタイプの丸い窓は、橋の側に向いて開けてありますが、かなり雰囲気のある写真が撮れて面白いですよ!
この回廊の建築当時は、お魚屋さんやお肉屋さんなどのお店があったので、ここはもっとざっくりした庶民的なざわつきのある雰囲気だったはずです。

えっお肉屋さんとお魚屋さん!?いまと全然ちがう…

コジモ1世殿下のご子息、後のフェルディナンド1世殿下のご時世に、ご趣向に合わせて変更され、現在のような姿になったのです…
中央の窓の歴史秘話
さて、橋の真ん中辺りに着きました。

ちょうど大きな窓が開いているところです。ここだけ、他の場所と違ってかなり大きな窓が開いています。人間の身長より若干大きいかなぐらいの窓ですね。写真が撮りやすいし、景色が見やすいというメリットはあります。ただ…、

外から見た時に、他の窓とのリズムが崩れていて、ちょっと不格好になっています。
実はここの窓、ヴァザーリがオリジナルの設計を行った1565年時点では存在していませんでした。その後の時代に改築されてしまったものなんです。

私の美しい傑作が…(´;ω;`)
伝説では、第二次世界大戦前夜、まだイタリアとドイツが仲が良かった頃の話。ヒトラーがフィレンツェにやってきたときの歓迎行事の一環として、ムッソリーニがフィレンツェ自慢の景色を見せてあげようということで開けた窓、と言われています。
ただしこの説はあくまでも伝説。鮮明には見えないながらも終戦後の写真では窓は3つではなく、1つに見えることや、そもそも中央の窓はイタリアが統一された際の初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が開けさせたものだとも伝えられています。
いずれにしろ、残念ながらその昔、メディチ家が作った雰囲気のあるヴェッキオ橋の窓とは、少しバランスのとれない窓の形になっています。
ベンヴェヌート・チェッリーニの銅像

この窓はちょうどヴェッキオ橋の中心部分で、向かい側の建物が途切れるところです。ここにはBenvenuto Celliniという16世紀の芸術家の銅像があります。

チェッリーニは彫刻界においては突出した、素晴らしき才能を持った天才金属細工師でした…ただし性格がかなり尖っていて、ローマのサンタンジェロ城の牢獄に2回も入れられたというエピソードを持つほどの人なのです…
という変わった人ですが、やはり金属細工の技術においては右に出る者がいないというほど技術が素晴らしく高かった人物ということで、この貴金属にゆかりのあるヴェッキオ橋の中心に今もその像が堂々とそびえています。
ちなみに牢獄に2回入れられたのは脱獄したからなんですが…、
この銅像の顔立ちも、かなりの強面に見えます!!気性はやっぱり激しそう。


うーん、天才金属細工師にして脱獄者…只者ではない感は出てるかも。。
窓から見える他の橋
さて、窓から奥に見えているのはサンタ・トリニタ橋です。

実はアルノ川にかかる橋は、ヴェッキオ橋を除いて全て戦後に建設された橋なんです。第二次世界大戦の際、ドイツ軍がここフィレンツェを占領し、撤収する際にヴェッキオ橋を除く全ての橋を破壊していきました。ということで、今見えている橋というのは全部、戦後の橋になっています。

このサンタ・トリニタ橋の設計に際しては、私ジョルジョ・ヴァザーリがあのミケランジェロ・ブォナロッティ大マエストロと話し合いを行ったのです…
とヴァザーリが主君コジモ1世に宛てて報告していますが、実際にはコジモ1世の息子フランチェスコ1世が実質的な責任者となって事業を進めたようです。
そして、これは第二次世界大戦後の橋ではありますが、戦前のオリジナルの姿を復元して作られた唯一の橋です。他の橋は終戦後のデザインになっていますので、元の姿を留めているものはありません。
橋を渡り終えると…
ヴェッキオ橋の南端辺りには、ここまでまっすぐだったヴァザーリの回廊が一瞬曲がり角を迎えます。ここはマンネッリの塔という場所なんですが、この部分だけ塔をぐるりと囲むように回廊が通されています。

街の統治者たるメディチ家の当主、コジモ1世の注文で建設された回廊ですから、計画にあたってはルート上に位置する建物は基本的に取り壊しや立ち退きをさせられました。が、このマンネッリの塔の持ち主一族だけはそれをがんとして受け入れなかったんです。

この一族との交渉は本当に手こずりました…結局、まったく折れてはくださらなかったので、計画を変更せざるを得ず、回廊はいったん外に飛び出すような形になってしまいました…いやまったく、不細工なことで…(´;ω;`)
この部分、外から見るとこんな感じ。


わぁ、ほんとにぐるっとまわってる…!言われなかったら気づかなかった…!
でもある意味そのおかげで、内部からはこんな角度で橋の上の景色が撮れます!

ここは結構いい感じの写真が撮れる窓なので、おすすめですよ。
回廊内部では、かつてマンネッリの塔の外壁だった部分を見ることができます。


壁にはお手を触れないようにくれぐれもご注意を!
アルノ川の南側へ
さて、いよいよヴェッキオ橋の上を渡り切りました。ここからさらにピッティ宮殿とボーボリ庭園の方に向かって、まだもう少し回廊が続きます。
時々、こんな風にかつて存在した建物の窓や扉だった部分の一部が残っているのを「展示」してあります。

橋の南側では、回廊は小さなサンタ・フェリチタ教会に接しています。

回廊内部からは、教会の様子が少し見えます。

メディチ家の皆々様には、この回廊から直接教会のミサに参加していただけるように設計申し上げました…やはり高貴な方々ですから、下々の者たちと同じ空間でというわけにはいきませんからな

この教会は、フィレンツェで最も古い教会の一つとされていて、4世紀または5世紀頃には前身となる建物が存在していたと言われています。現在の内装は18世紀に改装されたもの(スタイルは16世紀風)で、とても調和的な空間になっています。
この教会の中にある有名な作品が、ポントルモの『十字架降下』です。

教会には表からでないと入れないので回廊を出てからになりますが、ここの教会は混雑した街中にありながら静謐な空間、そしてポントルモの名作を見るために、訪れる価値がありますよ。

他に類を見ない構図、色使い、独特の世界観は、必見ですぞ!
ラストスパート!
ヴェッキオ橋の上は、地上から見て3階部分ぐらいの高さを通っている形ですが、出口に着く頃には、それが地上に出るように設計されています。なので、ここから少し下り坂が始まります。

このあたりになってくると、ほとんどルートは終わりです。
そして出口手前。現在のヴァザーリの回廊の出口は、ボーボリ庭園の『ブォンタレンティの洞窟』の横ですが、実はもう1つピッティ宮殿内につながる通路があります。

この扉はその通路で、ここを上がっていくとピッティ宮殿に入ることができるんですが、現在の回廊のルートとしては、ここは入ることはできません。
出口はボーボリ庭園
ということで、ボーボリ庭園側の出口に出ます。

外に出て振り返ってみると…

『ブォンタレンティの洞窟』のすぐ横の、小さな扉から出てきます。
この左手の上に見えている通路が、さっき階段が見えていた部分です。
回廊のツアーでは、続いてボーボリ庭園自体に入場することはできません。グループを誘導してきたウフィツィ美術館の係員と一緒に、一旦、グループ全員でピッティ宮殿側の中庭の方に出なければいけません。その先、もしボーボリ庭園やピッティ宮殿に入りたいという場合は、それぞれの入り口から入るという形になります(別途チケットが必要です)。
楽しい旅の思い出に!
『ヴァザーリの回廊』のバーチャルツアーはいかがでしたか?
世界でも珍しい、空中散歩が楽しめ、また昔の高貴な人の気持ちや生活を想像しながら歩いてみるのも、なかなかレアな体験で楽しいですよ。

現代人にも通じる私の傑作、おかげさまで大人気なので早めの予約がおすすめですぞ!

フィレンツェガイド
Azu
イタリア政府公認観光ガイド。 得意ジャンルは美術、街歩き、ワイン。好きな芸術家は、ブロンズィーノとドナテッロ。有名作品もいいけど、隠れ注目ポイントや裏話が大好き!普通のガイドブックじゃ見つからない、”ここだけの話”をお伝えします♪
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