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ウフィツィ美術館でボッティチェリ作「ヴィーナスの誕生」に心酔する!

フィレンツェが世界に誇るウフィツィ美術館。年間入場者数が200万人を超える、イタリアで一番人気の「美術館」。

そしてその美術館の「顔」と言っても良いほど、有名なのが、今回の作品の主役のヴィーナスちゃんです。

ガイド学校の先生カテリーナ
ガイド学校の先生カテリーナ

フィレンツェ人は愛情をこめて「フィレンツェ一の美女」と呼んでいるわよ

美術に全く興味のない方でも、一度は目にしたことがあるでしょう。

彼女は、ローマ神話に登場する愛と美の女神(ギリシア神話でいうアフロディーテと同一神)です。

そして作者は、同じくヴィーナスが登場するもう一枚の作品、「春(プリマヴェーラ)」を書いたサンドロ・ボッティチェリ

描かれた15世紀から今まで、世界中の多くの人を魅了し続けてきた彼女の魅力を、徹底解説します!

ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」。登場人物をご紹介!

ヴィーナスを取り巻く登場人物

さぁ、ではまずは登場人物をご紹介します。

構図的にはとてもわかりやすいですね。

ヴィーナス
『ヴィーナスの誕生部分>』サンドロ・ボッティチェリ, 1485頃, キャンバスにテンペラ, ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

中心にいるのが生まれたばかりのヴィーナス。
彼女は海の真ん中で、生まれた瞬間から既に成長した姿でした。

何も身に着けておらず、長い美しい金髪と右手で恥ずかしそうに体を隠しています。

続いて画面左側には二人の男女の姿があります。

一番左は西風の神ゼフィロス。彼は春をもたらす風を起こします。

ゼフィロスと恋人?
『ヴィーナスの誕生部分>』サンドロ・ボッティチェリ, 1485頃, キャンバスにテンペラ, ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

彼が抱きかかえている女性は、いくつかの説がありますが、クロリスという元ニンフ(妖精さん)で後にゼフィロスの妻となった花の女神フローラか、もしくはギリシア神話に登場するそよ風の精アウラ、またはボーラ(ボラとも)。

個人的には彼らの周りに可愛らしい花が舞っているので、妻である花の女神フローラ説を推したいと思います!

旅好きナナミちゃん
旅好きナナミちゃん

そうじゃなかったら…妻というものがありながら、ゼフィロス…(´・ω・`)ってなるもんね

ちなみに彼らが結婚することになったときの場面が描かれているのがこちらの作品!

サンドロ・ボッティチェリ作「春(プリマヴェーラ)」まさに春の喜びが溢れた幸せいっぱいの名画!

そして一番右にいるのは、季節と時間の女神ホーラの一人。

ホーラ
『ヴィーナスの誕生部分>』サンドロ・ボッティチェリ, 1485頃, キャンバスにテンペラ, ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

ホーラは本来3人いるのですが、ここではその一人が岸に着こうとしているヴィーナスの体をくるむためのマントを持って出迎えに来ています。

ガイド学校の先生カテリーナ
ガイド学校の先生カテリーナ

ホーラは、季節が規則正しく移り変わることを司ることから、植物や花の成長を守る役割があると考えられているの。だから、彼女の衣装や手にしたマントは可憐な小花が散らされた可愛らしいデザインなのよ

彼女たち3人のホーラは後に侍女としてヴィーナスに仕えます。

※ホーラは個人名ではなく、その存在を指す言葉。

作品の見どころは?

さて、登場人物がわかったところで、この場面は一体何を表しているのでしょうか?

先ほどもお話ししたように、ヴィーナスは海の真ん中で生まれます。

ガイド学校の先生カテリーナ
ガイド学校の先生カテリーナ

海の真ん中で生まれることになったわけは、簡単にいうとお家騒動の結果ね。ヴィーナスの父ウラノスの横暴に腹を立てた妻ガイアと、息子クロノスが共謀してウラノスの男性器を切り落として海に投げ入れ、その時の泡からヴィーナスが生まれたの
(※諸説あり)

ウラノスとサトゥルヌス
『ウラノスの男性器を切り落とすサトゥルヌス』ジョルジョ・ヴァザーリ, 16世紀, 板に油彩, ヴェッキオ宮殿(フィレンツェ)

それで広い大海原に放っておくのも可哀想なので、西風の神ゼフィロスがキプロス島の岸に運んであげているシーンなのですね。

よく見ると、ゼフィロスは頬を膨らませて、ふぅーーーっと風を吹き付けています。

『ヴィーナスの誕生』サンドロ・ボッティチェリ, 1485頃, キャンバスにテンペラ, ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

それを受けてヴィーナスの長い髪は向かって右方向になびいています。

向かって右側でヴィーナスを待つホーラも、マントを持って今まさに駆け寄っている瞬間を切り取った感じ。とても躍動感があります。

こういう一瞬を切り取る表現力は、作者ボッティチェリの特に優れたところだなぁと感じます。

ボッティチェリこだわりの世界観

この絵は、とても美しい。のですが、全体として見た時に現実世界の描写の正確さという意味では必ずしも正しくはない場所がたくさんあります。

『ヴィーナスの誕生』サンドロ・ボッティチェリ, 1485頃, キャンバスにテンペラ, ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

例えば、遠近法。人物の大きさと背景の木の大きさを見ると、遠近感はあまりありません

奥の背景についても同じで、そこが海辺であるということがわかるだけ。

まるで、描かれた一枚の背景が置かれた舞台で、登場人物がそれぞれの役割を演じているかのようです。

ヴィーナスの身体のバランスについても、首は長すぎるし、なで肩だし、あまりスタイルがいいようには見えないし。

旅好きナナミちゃん
旅好きナナミちゃん

ボッティチェリは、あまりデッサンが得意じゃなかったの…??

答えは、No

彼の他の作品を見ると分かりますが、そのデッサン技術はずば抜けています。

同じテーマで描いた彼の作品と別の作者のものを比べると一目瞭然。

ボッティチェリがこの作品や、同じシリーズの「春(プリマヴェーラ)」を描くときに最も大切にしたかったこと、それは彼の頭の中に浮かんだ世界観を再現すること。

現実的なリアルさを表現するよりもファンタジーの世界が大事だったんですね。

細かいところのアンバランスにも関わらず、その美しさで世界中の人を魅了するこの絵画、作者の意図は見事に成功していると言えます。

ボッティチェリがどんな人か気になる!!というあなたはこちらの記事をどうぞ!

サンドロ・ボッティチェリ物語。人物像と代表作品は?

「ヴィーナスの誕生」に込められた真意を解説!

…と、ここまではヴィーナス誕生に至る一般的な神話のお話。

ではボッティチェリがこの絵を描いたのはなぜでしょうか?

新プラトン主義(ネオプラトニカ)

当時、フィレンツェではメディチ家が主催する人文主義思想サークル(新プラトン主義)が活発に活動していました。

このサークルの主な趣旨は、当時の世界の常識であったカトリックの一神教の思想と、古代ギリシア・ローマ世界の多神教の思想を文化的に融合させようという試み。
また、聖なるものである「精神世界」と俗なるものである「現実世界」を全くの別物ではなく、違うものだけど結びつきのあるもの、と解釈しようとしていました。このサークルには多くの哲学者や文学者が参加していました。

ボッティチェリは彼らの影響を多大に受け、その考え方を作品にも反映させたのでした。

特に、メディチ家の家庭教師をしていたアニョロ・ポリツィアーノ(Agnolo Poliziano / 1454-1494)の詩に触発され、この「ヴィーナスの誕生」を表現したようです。

ポリツィアーノが表現した場面がこちら。

人間とは思えない顔を持つ若き女性
ゼフィロスたちが貝殻に乗る彼女を岸の方へ後押しし
天もこれを享受しているよう

真の泡、海、貝殻、そしてそよ風とともに
目にした瞬間に全身を衝撃が貫くほどの女神を映し出すだろう
女神を取り巻く空や自然が幸せに満ち
白い服を着たホーラたちが砂浜に現れる
彼女たちを包むオーラはゆっくりと広がっていく
同じ顔をした姉妹のように思えるほどまったく違わない彼女たちの顔

誓って言うことができるだろう
女神が波から現れた
その髪を右手でおさえ、もう一方は甘い果実を隠している
そして女神が降り立った砂浜は
神聖なる足によって刻み付けられた草や花々で覆われた
そして喜びに溢れる人々と巡礼者の間を
3人のニンフの中に出迎えられ、星でいっぱいの服にくるまれた

-Giunti Editore S.pA., 「Botticelli」より引用、翻訳

登場人物が少し少ないぐらいで、ほぼこの詩に描かれている場面そのものですね!

ヴェヌス・プディカ

また、この作品におけるヴィーナスのポーズ(両方の手で体を隠す様子)は「ヴェヌス・プディカ(Venus Pudica)」=「慎みのヴィーナス」と呼ばれ、古代彫刻でよく取り入れられていたポーズです。

メディチ家は彫刻もたくさんコレクションしていたので、ボッティチェリはそれらの中にこのポーズの彫刻を見る機会があり、作品に取り入れたと考えられています。

ヴェヌス・プディカの一例、左はウフィツィ美術館にある『メディチのヴィーナス』、右はピッティ宮殿にある『イタリアのヴィーナス』です。

【左】『メディチのヴィーナス』作者不詳, ヘレニズム時代, 大理石, ウフィツィ美術館(フィレンツェ)【右】『イタリアのヴィーナス』アントニオ・カノーヴァ, 1809頃, 大理石, パラティーナ美術館(フィレンツェ)

※これらの作品自体はもっと後に購入されたり制作されたりしたため、ボッティチェリが見たものは他の作品

「ヴィーナスの誕生」に登場するヴィーナスは、裸であることや「ヴェヌス・プディカ」のポーズをとっていることから「地上のヴィーナス」、それに対して「春(プリマヴェーラ)」に登場するヴィーナスはその完全性から「天上のヴィーナス」と呼ばれ、セットで扱われることもあります。

その他の学術的解釈

実は、この「ヴィーナスの誕生」という作品、

  • ヴィーナスが裸であることは、純粋、シンプルさ、魂の美しさを意味するというもの
  • テーマは「海の泡から生まれたヴィーナス」の異教の神話と「洗礼の水から魂が生まれる」キリスト教の考えの一致
  • 「ヴェヌス・プディカ」のポーズには、自然な愛の二面性、つまり官能性と貞節性を同時に表す意味がある
  • ヴィーナスをはさんで登場人物が真っ二つに配置されているのは、左側の精神世界(神々が裸のヴィーナスを許容している)と右側の人間世界(裸であることは恥ずかしいことなので隠す動きをしているホーラ)を表すためである

…などなど、実はたくさんの解釈があるちょっと難しい絵だったんです。

ガイド学校の先生カテリーナ
ガイド学校の先生カテリーナ

ボッティチェリはかなりインテリだったのかもしれないわね~

ヴィーナスのモデルとなった女性とは

このウフィツィの至宝、美しいヴィーナスは、ある意味、ボッティチェリの理想の女性。

モデルとなった女性の名前はシモネッタ・ヴェスプッチ(Simonetta Vespucci / 1453-76)

弱冠20歳にしてリグーリアからフィレンツェの裕福な一家ヴェスプッチ家にお嫁入りした女性です。

ガイド学校の先生カテリーナ
ガイド学校の先生カテリーナ

ヴェスプッチ家は後に有名な航海士アメリゴ・ヴェスプッチを輩出するお家よ

その美しさは評判で、フィレンツェ一の美人と噂になりました。

当時のフィレンツェで最も勢いのあったメディチ家当主ロレンツォの弟、ジュリアーノもフィレンツェ一の美男と評判で、理想の美男美女カップルとして有名でした。

ガイド学校の先生カテリーナ
ガイド学校の先生カテリーナ

正確には別の人と結婚してるから、愛人ということになるけれど…

ジュリアーノはサンタ・クローチェ広場で行われる騎馬試合の際に、その名誉のために戦う「インナモラータ」にシモネッタを選び、彼女の姿をデザインした旗を掲げて戦いました。そして、この旗を描いたのがボッティチェリ。

ボッティチェリはそれから彼女の肖像画を何枚か残していますが、シモネッタはとても若くして亡くなってしまいます。享年23歳。

そして同じく、”愛人”のジュリアーノも、その2年後にフィレンツェ史上名高い「パッツィ家の陰謀」に巻き込まれ、わずか25歳で命を落としてしまいました。

シモネッタをモデルに理想の女性像が描かれたとされる「春(プリマヴェーラ)」や「ヴィーナスの誕生」が描かれたのはシモネッタが亡くなってから6年以上経ってから。そしてそれ以降のボッティチェリの作品に登場する美しい女性は、みんなこの系統の顔立ちをしています。

ガイド学校の先生カテリーナ
ガイド学校の先生カテリーナ

ちなみに、東京の丸紅本社にもシモネッタの肖像画があるのよ!→画像リンク


そしてボッティチェリは今も、永遠の憧れの女性シモネッタと同じオンニッサンティ教会内に眠っているんですよ。

オンニッサンティ教会

「ヴィーナスの誕生」は現在ウフィツィ美術館にあります

この「ヴィーナスの誕生」という作品は、もとはヴィッラ・ディ・カステッロというメディチ家の別荘に置かれていました。

カステッロのヴィッラ(メディチ別荘庭園)

コジモ1世のお気に入りの宮廷芸術家、ヴァザーリにより「春(プリマヴェーラ)」とともにそこで見たと記録が残されています。

この二つの作品と、現在ウフィツィ美術館所蔵の「パラスとケンタウロス」、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の「ヴィーナスとマルス」の合計4点は一連のシリーズものとして同じ注文者から依頼されたものと考えられています。恐らく、メディチ家の分家筋に当たる、ロレンツォ・イル・ポポラーノまたはその周辺の人物。

個人の邸宅できちんと保管されていたから、15世紀末にボッティチェリが破戒僧サヴォナローラに心酔してたくさんの作品を焼いてしまったときにも、その被害に遭わず無事残ったんですね。

現在はイタリアが誇るフィレンツェのウフィツィ美術館で見ることができます。

ウフィツィ美術館 第一の廊下 ウフィツィ美術館